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福井県の銅像1

 福井県の銅像を紹介しよう。今年の大河ドラマ「江」も福井市にあった北庄城(きたのしょう・じょう)が舞台の一つになる。

柴田勝家1
 こちらは織田信長のもとで最も勇猛と謳われた柴田勝家公。通称は権六。信長が家督を継いだ時は信長の弟に仕えており、どちらが尾張の主導権を握るかで合戦をしたこともあるが、信長の用兵に舌を巻いた勝家は信長に臣従。
 その後は命じられるままに畿内・北陸などを転戦。本能寺の変では秀吉に遅れをとり、その後の清洲会議では完全に主導権を握られてしまう。
 それでも反秀吉の旗を掲げて徳川家康とも同盟して近江で秀吉軍と激突。時運利あらず敗れた勝家は北庄城に引き上げ、信長の妹・お市の方と共に自害。お市の三人の娘達は前田利家の元に身を寄せ、後に秀吉の命令で大名の下に嫁がされていくわけである。

柴田勝家2
 今年の大河の脚本家は「篤姫」の脚本家らしい。まあ、大河はあまりみなくなっているので好きにやるといい。しょせんドラマなので、史実と違うからといって目くじらたててもしょうがないので。

 この銅像は福井市内の柴田神社というところに建つ。北庄城があった場所は夜の繁華街になっており、神社もそのど真ん中だ。勝家公がすこしかわいそうだ。他にもお市の方の銅像もあるのだが、デジタルデータで残していなかったので画像がない。できればまた行きたいものだ。

結城秀康像
 こちらは福井県庁前に建つ「結城秀康」公像である。かつて福井城のあった本丸後にそのまま県庁と県警本部があり、朝の出勤風景を眺めていたらまるで朝の登城に見えて誠に気分が悪い。お役人方はさぞや「お上」意識を植え付けられることであろう。

 結城秀康は徳川家康が庶民の女性に産ませた次男であり、家康はその次男が気に入らず、「おぎ丸」という醜い魚からとった名前を付けて家臣に育てさせた。ひどい話だ。成長してもなかなか会おうとしないので、みかねた長男の信康が強引に家康に引き合わせたのである。
 その後、秀吉に養子に出されたり、秀吉の都合で関東の結城家に養子に出されたりと散々な目にあうが、鍛錬をおこたらずに勇猛な武将へと成長。
 関ヶ原の戦いでは関東を任され、戦勝後は越前・福井に75万石を与えられた。しかし、若いときの放蕩がたたったのか梅毒に犯され、34歳の若さで亡くなった。知勇兼備の武将の死を惜しむ声も少なくなかったという・・。

 この像は石像だ。しかも作者が中国人。なぜ?おかげでひどい出来だ。これだと中国の武将ではないか!センスのなさに怒りすら覚える。

 次回は福井の幕末志士の銅像である。
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女太閤記

私が始めて見た大河ドラマは女太閤記。
たしか小学校4年か5年くらいのころだったと思います。
それから、20歳前後までは毎年見ていたのですが、
だんだんみなくなっていきました。
面白いと思えるものがなくなってきたんですよね。

ちなみに面白かったと記憶に鮮明に残っているのは
独眼竜政宗。
すごく好きでした♪

Re: 女太閤記

 コメントありがとうございます。
 私は「独眼竜政宗」が初めてみた大河でして。「女太閤記」はタイトルだけ聞いたことがあります。大河も今年で50作目のようで・・作りすぎかも。
 他に好きな大河は「武田信玄」中井貴一さん主演・「太平記」真田広之さん主演・「風林火山」主演俳優の名前がでてきません・・。幕末もので好きなのはないですが、大村益次郎を描いた「花神」は見てみたいです。まだNHKがDVD化してくれていません。待ちたいものです。
プロフィール

サムライ銅像研究会

Author:サムライ銅像研究会
歴史と銅像と芸術が大好きなあまり、日本各地を東奔西走する銅像・史蹟ハンターである。神出鬼没なため、脈絡無しのブログ更新を続ける。掟はただ一つ!「死して屍拾うものなし!」昔の時代劇の決め台詞だけどね・・皆さん、見てやあ!
 最近、キューピーに侍の装束を着用させる遊びをやっております。「武者ピー」と呼んで可愛がってやぁ~!以後は「キューピー甲冑師」とも名乗ります。

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