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鏡開き・武道初め~九段下の武道館~源為朝もね!

 成人の日に武道館で「武道初め」といって、たくさんの大鎧が見られるイベントがあるというので行ってきました。後半に新作武者ピーを載せます。

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 朝方は雨だったんだけどね・・・まさか大雪になるとは・・・。

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 まず出陣式です。鎌倉幕府以来の古式ゆかしいやり方で行っています。見ていると、平安時代末期・源平合戦時代・鎌倉時代の色んな鎧が混じっていましたが、さすがに大鎧は色とりどりで見ているだけで楽しいですね。
 今日の見学をまた武者ピー製作にいかしたいと思います。

 その後、政治家の出席者から挨拶があり、武道に貢献した人への表彰式がありました。そのあたりはすっとばし・・・。
 
 弓道や剣道などの古武道の模範演武です。
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 行われたのは弓道・空手道・杖道・合気道・銃剣道・柔道・少林寺拳法・薙刀・相撲道です。印象的な画像だけ紹介しましょう。
 上の画像は弓道です。背筋がピンと張っていてかっこいいですね。

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 杖道です。もう達人のレベルで何がなにやら・・・。

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 初めて見たのが「銃剣道」。自衛隊でしかやっていないかと思っていましたが、子供達もいましたので街中に道場があるようです。びっくりしました。

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 薙刀は女の子ばかりで「リズム薙刀」という演武をやっていました。ダンスみたいで面白かったですよ。

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 こちらは拓殖大学の相撲部の学生さん達・・学生相撲でも生で見ると迫力ありますね。体と体がぶつかる生の音がけっこう迫力ありました。

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 最期は武道館いっぱいに色んな人たちが集まって稽古のお時間です。これだけ集まると壮観・・ここまで見て帰途につきました。だって雪がやばいし・・。

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 江戸城も雪まみれです。

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 急に降ってきたのでびっくり!

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 靖国神社の大村益次郎も雪まみれです。

 源氏の伝説的勇者である武者ピーを造りました。
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 頼朝や義経の上の世代、なにせ2人のお父さん・義朝(よしとも)の弟なので叔父さんにあたります。まだ二十歳前の設定で、頬髯が生えています。長いもみ上げにしか見えないかも・・。
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 甲冑は赤糸オモダカ縅具足、刀の鞘は黒漆塗りに金の金具を付けている設定・・。
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 兜の獅噛(しがみ)もやや凶悪な顔立ちです。

 源為朝は身長七尺(210センチ!)、左腕が右腕よりも四寸(12センチ)も長く、大変な暴れん坊で弓の達人であったそう。あまりの乱暴振りに父親から勘当されると、為朝は九州へいってそこでも暴れ廻り、九州をほぼ統一。そのため「鎮西八郎」というあだ名がつきます。
 その頃、都では戦雲たなびき、為朝は父から呼ばれて腹心の28騎(いずれも曲者揃い)を連れて上洛した所に「保元の乱」が起こります。そこで父や他の兄弟に味方し、兄・義朝や平清盛と戦うことになります。
 早速、作戦会議が開かれ、為朝は「夜のうちに奇襲攻撃をしかけるべきだ」と進言するも、公家から「それは田舎者の作法」と馬鹿にされてしまいますが、果たして清盛らは逆に奇襲をかけてきて応戦する羽目になりました。そこでも為朝は奮戦しますが、衆寡敵せずついに囚われの身になり、その強力に恐れられて両腕の腱を切られて伊豆大島へと流されてしまいました。ここまでが歴史上、確実な話・・。

 伝説では、大島でも暴れまわり、沖縄で王朝を建てたとか、大島から為朝が射た矢が伊豆の海岸にまで届いたとか華やかな伝説があります。本当ですか?
 為朝ピー「さあな。随分、昔のことだからな・・大体、大男のオレがなぜこんなに小さいのだ?」
 まあ、それは愛嬌ということで・・・。そういえば、弓の達人のような話ですが、「保元の乱」の時に、外してしまったこともあるそうじゃないですか?
 為朝ピー「そんなことあったか?」
 鎌倉幕府の歴史書『吾妻鏡』建久2(1191)年8月1日に幕府の要職にあった大庭景能(オオバ カゲヨシ)という方が「合戦の最中に弓の名人・源為朝に出くわしたけど、あいつは西国にいたから乗馬は下手だから、それがしが彼奴の弓手(左手)側へと動き続けていたら、長すぎる弓を扱いかねてか、それがしの胴体を射抜くべき矢が膝にあたって済んだ」なんていってますよ。
 為朝ピー「・・・思い出した。そんな木っ端武者がいたな。チョロチョロ動き回るから外してしまった・・」
 為朝さんも外すことあるんですね。
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 為朝ピー「おい、そこまでにしておけ。造り主とて、射抜くぞ!」(頭に怒りの筋が浮き出ています)
 あ・・ごめんなさい。まあ、落ち着いてください。実は為朝さんのために素敵な屏風も用意しました。
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 浅草の和紙屋さんでこんな柄の端切れを安価に入手しましてね。
  為朝ピー「浅草というと、漁師の兄弟が観音像を引き上げたという・・?」
 よくご存知で・・こんなん出来ました。
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 江戸時代の尾形光琳という絵師の仕事を真似てみましてね。これなら為朝さんにふさわしいんじゃないかと・・ほら、立ってみてくださいよ。
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 あ!やっぱり似合いますよ。さすが源氏の伝説の勇者!
 為朝ピー「ふふん、悪くないな。ま、これに免じて許してやろう」
 ありがたき仕合せ・・。
 


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No title

恐れ入りました。
こんな発表会(?)があるなんて(@_@)
でも武者Pちゃんにはかなり有益な感じですね♪

私は天城にいった帰路、今日の雪
全ての道がストップし、坂という坂乗り捨てた車でいっぱいな中
やっと先程帰宅、死にそうに疲れ果てました。
実は靖国に雪狛を撮りに行こうと思っていたのですが行き着けませんでした(泣)
雪狛の様子は明日、アップすることにいたします。
お疲れ様でしたm(__)m

No title

保元の乱なら悪源太義平ファンです。
べたですがww
昔保元の乱を読んで、武家と貴族の立場が逆転した瞬間に源氏に惚れました。

No title

杖道とか初めて知りました。
そんなのがあるんですね~!
杖で戦うおじいさんとかいたらめっちゃかっこいいですね!
古武道には全く縁のない人生でしたが、せめて学生時代に弓道部に入ればよかったなぁと今になって後悔です。

Re: No title

 こんばんわ。
 よく帰宅できましたね。さぞやご苦労されたでしょう。私など、九段下から市ヶ谷駅行っただけでしんどかったので。

Re: No title

 こんばんわ。
 義平ですか。義平はどんなイメージだろう?うーん、もういっぺん読んでみないとイメージが固まりませんね。

Re: No title

 こんばんわ。
 まさに達人という雰囲気でした。さぞや修行を積まれたかと思います。

源氏一門

ご無沙汰しています。挨拶遅れましたがあけましておめでとうございます。

武者ピー・・・コメントしていませんでしたが、連載当初から見ておりました。
ついに為朝公も登場ですね(笑)

私も最近弓の名手に惹かれておりまして、畠山重忠公を射殺した 愛甲三郎季隆に興味が出ております。
そして射手の境地を知りたくて今更ながら弓術を習い始めてしまいました!

悪源太源義平公は福井県に銅像がありましたよ。
参考URL
http://www.geocities.jp/douzoux/hokuriku/fukui/fukui.htm

Re: 源氏一門

 こんばんわ。
 ヒロ男爵殿も雑誌に登場されてご活躍ですね。記事の方は見ていないのですが、銅像数奇が広がることを願ってやみません。私は自分で色々立体化させる方に目覚めてしまいました。
 義平の銅像もありましたね。う~ん、見たらわりと没個性・・。愛甲季隆もいましたね。伊勢原で彼がロゴマークになった豆腐屋がありましたね。
プロフィール

サムライ銅像研究会

Author:サムライ銅像研究会
歴史と銅像と芸術が大好きなあまり、日本各地を東奔西走する銅像・史蹟ハンターである。神出鬼没なため、脈絡無しのブログ更新を続ける。掟はただ一つ!「死して屍拾うものなし!」昔の時代劇の決め台詞だけどね・・皆さん、見てやあ!
 最近、キューピーに侍の装束を着用させる遊びをやっております。「武者ピー」と呼んで可愛がってやぁ~!以後は「キューピー甲冑師」とも名乗ります。

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