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米沢紀行の本編

 実を言うと米沢は2度目だ。直江兼続の大河ドラマの2年前で、その頃は現在ほど過熱はしていなかったが、それでも上杉の聖地。心は昂ぶりを覚えたものだ。

 駅からまっすぐに上杉神社に向かい、まず出迎えてくれたのがこちら。
上杉中興の祖
 上杉家中興の祖として名高い鷹山公です。まるで「よくまいったの。あれこれ見て、聞いて学ぶがよい」と言わぬばかりではないですか。素直に頭が下がりました。

 上杉神社
 お殿様の前を通り過ぎていよいよかつて米沢城があった上杉神社である。出迎えていただけるのは・・
上杉謙信公その1
 謙信公と米沢は直接関係はないものの上杉景勝が会津120万石を拝領したときに、越後・春日山城に安置されていた謙信公の遺体も米沢に運ばれ、神社とは別の霊廟にお眠りになられております。今回は行かなかったが・・
謙信公の近影
 まさにこの下で武締式を行いたくなりますな!
 「運は天にあり!鎧は胸にあり!手柄は足にあり!死なんと戦えば活き、活きんと戦えばまた死するものなり・・」

上杉中興の祖・その2
 と思えばまた鷹山公・・何かの勧誘チックであります。

上杉の軍糧・・嘘
 小腹が空いたので、上杉家の兵糧・・ならぬ新しい米沢名物「米沢牛ころっけ」を頂きました。やや甘めのあんに肉汁が絡まって何もつけなくてもおいしいです。とはいえ、2口目からは備え付けのソースをたっぷりかけました。子供の頃の買い食いを思い出します。

 堂森善光寺
 次は前田慶次郎が晩年をこの近くで過ごしたという堂森善光寺へ。ちゃんと慶次郎の供養塔もあります。

前田慶次郎の供養塔
 お墓や供養塔の写真を載せるのは異論・反論もあるでしょうが、可能な限り載せていきます。やはり現在の姿が知りたいし、後続への道標にもなるしね。
 このお寺は周りが田園ということもあるせいか静かでいい力に満ちていますね。入り口の水もおいしかったし。山頂で民謡をやっている方もいたな。本当にいいお寺です。
 ちなみに来年は慶次郎400周年法要なので、事前に調べて迷惑にならないようマナーに気をつけていってください。

 米沢のゆるキャラ
 その後、市内まで歩いて(小一時間かかりました・・)宮坂考古館にもいったり、蕎麦をたぐってきたりしていました。
 最後に駅前で米沢のゆるキャラ達がお見送りしてくれましたので、ストラップ買ってしまいました。まあ、記念品にということで。
 
 続いて向かったのはあの独眼龍の待ち受ける仙台!史蹟あり!グルメあり!熱い夜あり!といかがあいなったのかはまた次回!














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プロフィール

サムライ銅像研究会

Author:サムライ銅像研究会
歴史と銅像と芸術が大好きなあまり、日本各地を東奔西走する銅像・史蹟ハンターである。神出鬼没なため、脈絡無しのブログ更新を続ける。掟はただ一つ!「死して屍拾うものなし!」昔の時代劇の決め台詞だけどね・・皆さん、見てやあ!
 最近、キューピーに侍の装束を着用させる遊びをやっております。「武者ピー」と呼んで可愛がってやぁ~!以後は「キューピー甲冑師」とも名乗ります。

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