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小田原市の大久保神社

 画像ファイルを整理していたら、取材だけしてまだ手をつけていなかったファイルや消去したと思っていたファイルが見つかった・・・というわけで今回はそんな1箇所。

小田原の海
 去年の夏に小田原市を訪れた時の画像・・真正面は競輪場らしい。興味ないので詳しくはしりません。その日は北條時代の小田原城跡を訪れるために暑い中ほっつき歩いていたのだが、道を間違えて結局いけなかった。とはいえもう一つの目的地には行けた。

大久保神社1
 ああ・・夏の日差しで白っぽい。ここ大久保神社も目的地でした。江戸時代に大久保家が小田原藩主として治めていたのでこの神社がございます。ご祭神は「大久保忠世(ただよ)公」と大久保忠真(ただざね)公」です。
 忠世公は徳川家康配下の16神将の一人に数えられる勇将で、長篠・設楽原合戦で武田軍相手に大活躍して織田信長公から「武者使いの名人」と激賞された方。
 忠真公は名君として知られ、二宮金次郎を農民から抜擢した方としても有名です。
大久保神社2
 [社頭掲示板]
大久保忠世候ならびに大久保忠眞候を祭る。大久保家は徳川譜代の重臣で天正十八年(一五九〇)北条氏滅亡後小田原を賜わり中途七十余年の間他領にあったがふたたび小田原に帰り明治に至るまで実に二百余年の永きにわたり小田原藩主であった。大久保忠世候は徳川家康に仕えていくたの功績を挙げ藩祖と仰がれる人であり、また大久保忠眞は大阪城代京都所司代老中を歴任し二宮尊徳ほか多くの人材を登用した名君で中興の祖とたたえられる人である。大久保神社は始め忠世候を祭神として明治二十六年(一八九三)小田原城天守台跡に造営されたが城跡が御用邸になるに及んで同三十三年にこの小峰山腹に遷宮し昭和十年忠眞候を合わせて祭って現在に至っている。
 
 これで大体の所はお分かりいただけるのではないだろうか?大久保家についてもっと詳しく知りたい方は・・
「天下のご意見番」で有名な大久保忠教(ただたか)の「三河物語」を読むか・・
新・三河物語
 三河物語をベースにした宮城谷昌光先生の「新・三河物語」を読んでください。これを読めば徳川家康公が天下をとったのが誰にでも分かるようになるかも・・?

大久保神社4
 ま、参拝しましょう。ここは個人の方が管理されているようで、普段は入れないようになっているそう。何も知らずに訪れたのですが、空いてました。忠世公に招かれたのでしょうか?

大久保神社3
 神紋は当然、大久保家の家紋。真ん中の「くぎ抜き」が目印。

大久保神社5
 よろしければ皆様も参拝どうぞ。ただの画像ですが・・。

大久保神社扁額
 扁額はこちら。

 白黒で見るとどこか懐かしい感じ・・あの日は暑かったなぁ・・。
大久保神社白黒1
大久保神社白黒2
 観光地ではないので一般的な面白さはありませんが、街の歴史を物語る神社には間違いございません。

 最後に神社から小田原の町と相模湾を見て頂きましょう。
大久保神社からの眺め

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No title

普段は入れないところに、スルッと入れたって事は、きっと、招かれたんですよ~☆ ご縁があったんですね(´∀`)
宮城谷先生の本・・・何冊か買ったまま
読んでない本がある事を思い出しました・・・(;^ω^)

Re: No title

 こんばんわ。
 そうなんですよ。史蹟とか巡っていると、たまに「招かれた」と思うような状況に遭遇することがあります。逆に「拒まれた」ことも1回あります。げにも不思議なことです。

 宮城谷先生の本は脱線が多いですから、集中して読まないとなかなかすすみませんね。

大久保彦左衛門

小田原は、神奈川県では、いわゆる城らしい城があるところですし、近いから何度か行ってますが、大久保神社があるんですね。

三河物語は、一心太助で知られる大久保彦左衛門のですね。

家康の天下どりは必然だったという話も聞きましたし、「新・三河物語」読もうかな?

Re: 大久保彦左衛門

 こんばんわ。
 大久保神社は個人で管理されているようですね。地味なところにありました。

 「新・三河物語」読むと、徳川が真田の上田城攻めで遅れをとったのも別の側面があったことがわかりますよ。なかなか面白いです。「三河物語」も候文ですが、読みやすいです。
プロフィール

サムライ銅像研究会

Author:サムライ銅像研究会
歴史と銅像と芸術が大好きなあまり、日本各地を東奔西走する銅像・史蹟ハンターである。神出鬼没なため、脈絡無しのブログ更新を続ける。掟はただ一つ!「死して屍拾うものなし!」昔の時代劇の決め台詞だけどね・・皆さん、見てやあ!
 最近、キューピーに侍の装束を着用させる遊びをやっております。「武者ピー」と呼んで可愛がってやぁ~!以後は「キューピー甲冑師」とも名乗ります。

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