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徳川家康公の江戸入府の足跡~神社から~

 先日、仕事に必要なので都内の地図を精査していると、神田に「御宿稲荷」という神社マークを見つけた。勤務時間内なのでその場は記憶に留めておいて、後日、ネット検索すると・・
DSCF5011_1.jpg
 雀「え!旦那!そんなことが!」雀君・・慌てるなよ。まだ、何もいってないだろ。
 雀「へへ、違えねえや!」
 
 まあ、江戸っ子な雀は放っておいて・・なんと徳川家康公が江戸に入って最初に宿をとった所の跡に建つというではないか!知らなかった・・
駿府の徳川家康公
 (静岡県静岡市駿府城公園に建つ徳川家康公像)
 家康公「なんと!おぬし、江戸・・今は東京といったか。東京に住んでおるのに知らなかったのか!」
 なんか、すみません。というわけで行って来ました。千代田区内神田1丁目7番地・・・
御宿稲荷神社
 実際に行って見ると、とあるビルの裏手の一角に建っていて、すごく寂しい気持ちになったので画像はこれだけ。なんでも、家康公がサル秀吉から国替えを命じられて、江戸に入ってとある村長の屋敷に入ったそうです。その跡にいつしかお稲荷さんが建てられたとか・・これだけでは記事としてアレなのでもう一社、神社をご紹介しましょう。

 新宿はかつて「内藤新宿」と呼ばれ、中仙道の最初の宿場でありました。なぜ内藤といわれるかというと、家康公の江戸入府に際して内藤清成(ないとう きよなり)という武将が先遣隊を率いて江戸の安全を確認し、家康公を迎えたので今の新宿辺りに屋敷地をもらったのがご縁。そこから宿場町に発展するのには、ある町人の活躍があるのですが、今回はそこまで調べてないのでまたいずれ・・・ともあれ、内藤はまだ地名にも残っており・・
内藤町
 こういう表示を見つけると嬉しくなりますねぇ・・・素人さんには分かるめぇよ。

多武峯内藤神社1
 住宅街のど真ん中にあるので、詳しい住所は控えますが、新宿御苑の脇にあります。まあ、御苑の券売所で聞けば、教えてくれるんですけどね。御苑自体も内藤家の屋敷跡だし。
多武峯内藤神社の由来
 内藤清成さん、徳川家康公の異母弟という伝承があります。なんでも、清成さんのお母さんに家康公のパパ広忠公の手がついて、その後、その女性は内藤家に嫁いで産んだのが清成さん・・・まあ、現代ではひどい話ですが、昔はめずらしくありません。清成さんは内藤家の跡継ぎになるのですが、内藤家でも実子が誕生してしまい、清成さんも微妙な立場になってしまいますが、弟の家長(いえなが:弓の名人)さんとは兄弟仲が良く、家康公によく仕えたとのこと。家長さんは関ヶ原合戦直前の伏見城攻防戦で討ち死にしてしまいましたが、清成さんはその後、大名になります。父が違うとはいえ、弟の死を悲しんだのでしょうか、領地のあったある寺に伏見城の一部を移築したそうです。

内藤藤
 神社には当然、「内藤藤」の家紋があります。あれ?逆についているなあ・・どんな意味が?

拝殿と狛犬
 拝殿はこんな感じ・・
多武峯内藤神社の扁額
 神社の扁額、「とおのみね神社」と呼びます。ご祭神に内藤家の遠祖・藤原鎌足が祭られているので、奈良にある春日大社から分祀されたとのこと。春日大社は茨城県の鹿島神宮から分祀されたもの。なんでも鎌足さんは鹿島神宮近くのご出身だそうです。
内藤狛犬1
内藤狛犬2
 狛犬殿には修理の跡がありますが、狛犬自体は古いものですね。台の年代撮ってくるの忘れていましたが。

 さて、ここには他に無いものがあります。
駿馬塚1
駿馬塚2
 家康公が「清成!よくやった!(津川雅彦さんの声で)お前の馬で走り回ってこい!そこをくれてやるぞ!」と云われた清成さんは馬が泡吹いて死ぬまで走らせたとか・・
駿馬塚3
 黄色い楕円で囲ったのがその「駿馬塚」、南無~。
白馬
 最近、修復された白馬の木像が祭られています。

注連縄
 おお!注連縄がぶっ太くて長い!まるで・・・よそう。神様に怒られる。注連縄について調べたこと無いので分かりませんが、珍しいですね。

ご神木と拝殿
 この辺りは先の大戦の戦災にも焼け残った辺りなので、今でもけっこう大きい木が沢山あります。境内にもこんな立派なケヤキのご神木が!

 この神社は小さいですが、静かで雰囲気がよく、手入れが行き届いた素晴らしい神社です。皆さんもここを訪ねて、江戸の歴史と内藤兄弟の兄弟愛を思い出してみてください。観光地的な派手さはありませんが、しみじみと歴史の奥深さを味わえるかもしれません。
 でも、くれぐれも騒がないでくださいね。境内の一角に民家があり、住民の方がおられます。それがしがいった早朝も境内にそのお家から漂ってくるお味噌汁のいい香りが漂ってきたほどなので。

 今回はこれまで!そういえば、練馬区石神井公園で今度の日曜日の22日に「照姫祭り」が開催されるとのことなので取材にいってきます!来週はその模様をお送りしましょう!!

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非公開コメント

No title

清成さんの馬、とんだ災難でしたね。
死んでしまうまで走らされるなんて・・・。
それだけ主君思いの馬だったのでしょうか。

No title

内藤清成は、上田の合戦に行ったのでしょうか?
そこが、ずっと気になっています。
江戸で留守番をしたのか?行ったのか?
そして、今の四谷から代々木までお屋敷があったのですよね!
凄く広い敷地?でしょうか?(笑)
地図上でしか分からないですが、広いですね!

Re: No title

 こんばんわ。
 まあ、合戦ともなれば多くの馬が乗り潰されたでしょうから、塚を建てられただけラッキーだったかもしれませんね。

Re: No title

 はじめまして、こんばんわ。
 どちらさまですか?貴殿のブログなど確認できない以上、親切な対応はできかねます。

 内藤清成は徳川秀忠公のもり役ですから、上田にもついていったというのが当然かもしれませんね。資料によっては、江戸に残っていたともあるようですが、精査したことないのでわかりまへん。ご自分で調べなはれ。

 真田人気で上田合戦は過剰な評価を受け気味ですが、所詮、局地戦。もうちょっと大局で見なはれ。

家康ネタは深いですね。

応援させていただきました。家康ネタは多岐に渡り、深いものが多い気がします。ところで、今の時代は後世からみると「江戸時代」の延長線上で、「東京」と名を代えた「江戸時代」だと何かで見ました。人間50年の時代に、50歳くらいから江戸の町を作った家康恐るべしです。

Re: 家康ネタは深いですね。

 こんばんわ。
 東京はあちこちに縄文や弥生の遺跡もあり、奈良時代からある神社もあったりとなかなか古い所ですから巡っても巡りつくせない面白さがありますね。
 道灌公びいきの私としては、道灌公の存在もアピールし直したい所です。

御宿稲荷神社

なんでもご神体になってしまう日本の神社ですが、家康が一宿したところが神社になってしまうのですね。

面白いです。よくぞ、仕事中に見つけてくれました(笑)

そうそう!内藤家の馬の話はよく聞いていました。新宿の西口の方の公園で、高遠の桜がありました。高遠の内藤家から贈られた・・という説明がついていたと思います。

鎌倉の光明寺のとなりに、内藤家の墓地があります。これらはみんな同じ内藤家のことかしらね。

うろ覚えの感想ですみません

それから、小ネタの写真もとてもよかったですよ。これからも何気ないスナップをアップしてくださいね。

No title

それだけの土地をもらえるって言われたら、そりゃ、頑張って走らせますよね~、馬さんには申し訳ないですけどね(;´∀`)
それにしても、狛犬のお顔、あまり見たことないタイプの笑顔で、びっくりしました。超笑ってますよね・・・。
そしてしめ縄も!まっすぐすぎる・・・と思ったら、これは写真でみると、木材を縄で包んでるような作りなんですね~。おもしろい~。

Re: 御宿稲荷神社

 こんばんわ。
 なんでも神様にしてしまう日本人ですが、これは驚きました。それにしてもお粗末な扱いにガッカリでした。

Re: No title

 こんばんわ。
 狛犬が笑ってる・・・そういう見方はしていなかったので新鮮でした。そう見えないこともないですね。
プロフィール

サムライ銅像研究会

Author:サムライ銅像研究会
歴史と銅像と芸術が大好きなあまり、日本各地を東奔西走する銅像・史蹟ハンターである。神出鬼没なため、脈絡無しのブログ更新を続ける。掟はただ一つ!「死して屍拾うものなし!」昔の時代劇の決め台詞だけどね・・皆さん、見てやあ!
 最近、キューピーに侍の装束を着用させる遊びをやっております。「武者ピー」と呼んで可愛がってやぁ~!以後は「キューピー甲冑師」とも名乗ります。

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