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「武王の門」北方謙三:著~何回でも読みたい本

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 本を読む人には、何度でも読み返したい本があると思う。それがしにも何冊もあるが、強いて一冊紹介するならばこちら・・・
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 平成5年に出た本なので、この本が出た頃に生まれた子供達も成人しようというこのごろ・・・北方先生初めての歴史小説である。以来、「破軍の星」「悪党のすえ」「楠正成」「三国志」「水滸伝」「楊家将」「史記」など数々の歴史・時代小説を上梓し続けている・・。

 「鎌倉幕府を滅ぼし、『建武の新政』を敷いたはずの後醍醐天皇に対し、足利尊氏は反旗を翻した・・以来、楠正成や新田義貞など南朝を支える多くの武将が討ち死にし、吉野に篭る南朝方の命運は風前の灯火かと危ぶまれる時代・・。
 伊予(現在の愛媛県)・忽那(くつな)島の夜の海で足利方との合戦が始まろうとしていた。対するは南朝に組する忽那義範(くつな よしのり)率いる僅か300人・・その中に後醍醐天皇の第5皇子である牧宮懐良(まきのみや かねなが)親王も密かに混じり、刀を抜く時を待っていた。
 見事、足利方を撃退した皇子は、いよいよ九州へと上陸した。彼の地で皇子は南朝方の武士を糾合し、京の都に攻め上ることを期待されていたのである・・。

 一方、肥後(現在の熊本県)の一隅で元寇でも活躍した菊池家の分家を継ぐ豊田十郎が来るべき戦いの日を睨んで、兵を鍛錬する日々であった。とはいうものの、十郎はあくまで分家の主人。菊池家の全武士を糾合して戦場に立つ日々など思いもよらなかったが・・菊池家の本拠地が長く対立してきた合志(ごうし)家に占領されたとの報せがもたらされた!だが一門衆はどう対応すべきか協議するばかりで誰も戦おうとしない。十郎は憤った!
 「者ども!この戦いは我等菊池が弓矢の家として生きるための戦だ!力の限り戦え!」
DSC00764_1.jpg
 (熊本県菊池市に建つ豊田十郎こと菊池武光の騎馬銅像)
 十郎はわずか130人を率いて1000人を越える合志勢に正面から戦い、勝利し、菊池家の本城を奪還し、ここに菊池家の総領として菊池十郎武光と名乗ることになった・・。

 皇子と武光・・この二人の出会いは偶然であり、必然でもあった。二人の男の出会いはやがて九州全土をゆるがせるものとなっていく・・・」
 
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 (菊池市の菊池神社・宝物館で撮影、左が皇子、右が武光の肖像画)

 夢に向かってひた走る男達の荒ぶる魂の記録を読み、その息吹を感じて欲しい。
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No title

おっと!
ここまででしたか(笑)
北方謙三氏の「水滸伝」
難しかったです!

Re: No title

 こんばんわ。
 具体的には読んで頂きたいです。私はこの本を20代前半に読みましたが、背筋が震える程の感動を覚えました。以来、何度も読み返しています。
 先生の「水滸伝」は全てのキャラクターが確立していますから、何度読んでもその度に発見があります。一生涯読み返すことのできる作品ですね。しかも「楊令伝」「岳飛伝(月刊小説すばるで連載中)」とつづいていますから、先生の作品で最大規模の小説群ですね。
プロフィール

サムライ銅像研究会

Author:サムライ銅像研究会
歴史と銅像と芸術が大好きなあまり、日本各地を東奔西走する銅像・史蹟ハンターである。神出鬼没なため、脈絡無しのブログ更新を続ける。掟はただ一つ!「死して屍拾うものなし!」昔の時代劇の決め台詞だけどね・・皆さん、見てやあ!
 最近、キューピーに侍の装束を着用させる遊びをやっております。「武者ピー」と呼んで可愛がってやぁ~!以後は「キューピー甲冑師」とも名乗ります。

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