スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

江戸・東京の源流へ~浅草の神社たち3~

 今回のシリーズの本丸である。前々回・前回の神社から隅田川沿いの314号線をぐっと北上すること30~40分くらいで台東区と荒川区の区境を越えて南千住3丁目へ到達。そこで目にする光景は・・・

石浜とガスタンク
 石浜神社とガスタンク・・・実にシュールな光景である。隣が東京ガスの敷地なのでしょうがない。石浜神社自体は奈良時代にはすでに存在しており、都(奈良・京都)から奥州(東北地方)へと至る街道の脇に建ち、旅人達の安全を見守っていたようである。
 とはいえ、古来から多くの水害にあって神社自体も何度も流されており、古い資料などは残っていないと宮司さんに教えていただいた。

 ここを訪問する前に「石浜(古くは石濱)」の地名の由来を郷土史などで探ってみたところ、源平合戦を描いた軍記物「源平盛衰記」にすでに「石濱は古き河港」と記されていた。 石や砂が多い港であることから「石濱」の地名が生じたようである。「江戸」という地名も元々このあたりを指していたようでもある。
 更に鎌倉幕府の初代将軍である源頼朝が挙兵して石橋山合戦に敗れた後に現在の千葉県に逃亡していたが、そこで千葉氏などの多くの武士の味方を得て、石濱の辺りから渡河して鎌倉にいって拠点としたのである。
 さらに南北朝時代に足利尊氏が新田の残党と戦って負けて危うく戦死しそうになった後、逃げに逃げて石濱にあった城に(土を掻き揚げて土塁となした程度だったろうが・・)逃げ込んでやっと難を逃れた地でもある。
 下って江戸時代にはこのあたりにあった砂利を集めて江戸市内の土木工事に使用したとのことで、このあたりは高低差のない平たい土地になってしまいました。
 とまあ簡単に記しても多くの事実があり、東京の歴史に興味のある方なら一度は訪れる価値のある神社なのですね。

 まあ、神社自体を見て行きましょう。
石浜神社正面
 このように撮ると普通の神社ですね。

石浜の拝殿
 拝殿です。建物が新しいですね。参拝をかかさずに・・。

石浜の扁額
 扁額です。右から読んでね。

石浜の富士塚
 境内にあった富士塚です。登ることは出来ないものの見上げるような大きさです。富士塚で有名な都内の神社ですと、品川区の品川神社とか新宿区の成子天神や水神社、渋谷区の鳩森神社など沢山ありますね。いずれも登れる所です。旅が難しい江戸時代は富士塚に登って富士登山の気分を味わったという貴重な歴史遺産ですね。

 狛犬殿にも挨拶していきましょう。
石浜の狛犬1
石浜の狛犬2
 オーソドックスな形(岡崎型?)ですが凛々しいですね。美狛犬です。

 宮司さんに神社の歴史を伺った所、昔からの水害で何も残されていないが、「石濱神社社誌」が創建1250年を記念して作られたが、神社には置いていないので読みたいのなら更に北上した南千住1丁目にある「荒川ふるさと文化館」の図書館になら置いてあるとのことなので、読みに行きました。もちろん徒歩で。ええ、さらに小1時間かかりましたとも。

 石浜神社を後にする前に・・
石浜城址
墨田の渡し
 こんな説明板がありました。さらに隅田川沿いの土手に登ると・・
石浜神社全景
 黄色く囲った所が石浜神社です。このあたりでは樹木が貴重ですね。浅草方面を撮ると・・
白髭橋とスカイツリー
 隅田川に架けられた「白髭橋」と2012年開業のスカイツリーです。下町もスカイツリーのおかげで盛り上がりますな。ついでに足元の神社なども巡ってほしいですね。

 石浜神社を後にして明治通り沿いを西に歩いていると・・
泪橋1
 この交差点から右へ北上しますが、表示板を見ると・・・
泪橋2
 「泪橋(なみだばし)」!あの「明日のジョー」の舞台ですな!!「立て!立つんだ!ジョー!!」でもそれがし、あの漫画読んだこともアニメを見たこともないんだよね。絵が嫌いでさ。ボクシング漫画なら現在も「マガジン」に連載中の「初めの一歩」が好きだな。最近は読んでないけど、アレも長い連載だね。幕ノ内一歩(主人公の名前)はいつになったら世界チャンピオンになるんだ!
 おっと・・閑話休題。

 常磐線の南千住駅のガード下を潜り、更に北上すると国道4号線、通称「日光街道」に行き当たります。その合流点に・・
スサノオ神社
 スサノオ神社がございます。
スサノオ神社の由緒
 延暦14(795)年創建ですか。この前年に平城京から平安京に遷都が行われております。古いなあ・・。やっぱり東京の歴史も一般に考えられている以上に古いんですよ。

スサノオの拝殿
 拝殿がまた立派でした。ここが変わった造りでしたが、いずれもう一度訪れて詳しくレポートしたいと思います。面白い神社ですよ。今回は軽く・・ね・・。
 狛犬殿に挨拶しましょう。
スサノオ狛犬1
スサノオ狛犬2
 なかなか動的な形ですね。勢いのある尾っぽがまた可愛い。

 神楽殿は・・
スサノオ神楽殿
 中にビッシリと折鶴がぶら下げられていました。いうまでも無く「東日本大震災」の被災者への鎮魂の為ですね。
折鶴
 この画像は撮影に失敗したんですよ。上はいいけど、手前の鶴が光が強くあたってしまい、色が白く飛んでしまっているという忸怩たる一枚です。偏光フィルターでも使えばよかったんでしょうがね。皆さんはこんな失敗などなさらないように。

 参拝者も折鶴を折るコーナーがあったので折ってみました。30年ぶりに・・・
折りました
 うーん、あまり飛びそうも無い鶴ですな。
中身
 中にはこんな大和歌を一首書いておきました。
  「国難に 遭いし時こそ スサノオに 立ち上がる日を 誓いし我ら」・・お粗末様。

 今回はここまで。次回も続きます。意外な人物の銅像も出てきますが、土地の歴史を考えれば当然のこと。

にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

石浜城

先日、北千住をガイドに案内してもらいながら歩きました。当番は南千住まで歩くつもりだったのですが割と寒い日で、結局やめました。10人ぐらいで行くと、たくさんは歩けません。

石浜城の説明を読んでいたら後北条氏滅亡後、廃城・・とありました。

長いこと、滞っていた日本史ウオーキングで北条早雲の項を書き始めました。それについて、お願いがあってここに来たのです。小田原駅前にある北条早雲の銅像を持ってませんか?私は撮った覚えがあるのですが、ファイルにないのです。もし貸してもらえるなら提供名は記しますので、お願いします。もしなかったらヒロだんしゃくさんに頼んでみようかな?彼の収集にはあったので。

ところで、平安京は、平城京から直接遷都ではなく、平城京から、784年に長岡京に移っています。ここのあたりのことは「日本史ウオーキング」で書いています。

もし画像を提供していただけるなら、掲示板でもいいし、DM(haru-ko@tmtv.ne.jp)にでもよろしくお願いします。

Re: 石浜城

 こんばんわ。
 早速掲示板に貼り付けておきました。ご参照ください。

 長岡京を忘れていましたね。うっかりしていました。一笑一笑・・。

No title

富士塚!
こっちのほうでは見る事の出来ないものですね~!
「関東」って感じがします。

Re: No title

 こんばんわ。
 そういえば西の神社では見たことないですね。関東ではわりとポピュラーなんですが。そんなところにも違いは出てくるのですね。

北条早雲

先日はさっそく早雲の画像を提供してくださってありがとう。

最初の戦国大名(斉藤道三とも言われていますが)ということで、北条早雲を書きました。

あまり写真がないので助かりました。先ほどその部分をアップしました。お時間のあるときに見てくださいね

古河公方あとを撮るつもりでいたのですが、訪れを待っていたらいつになるかわからないのでつい古河には行かずじまいでアップしました
プロフィール

サムライ銅像研究会

Author:サムライ銅像研究会
歴史と銅像と芸術が大好きなあまり、日本各地を東奔西走する銅像・史蹟ハンターである。神出鬼没なため、脈絡無しのブログ更新を続ける。掟はただ一つ!「死して屍拾うものなし!」昔の時代劇の決め台詞だけどね・・皆さん、見てやあ!
 最近、キューピーに侍の装束を着用させる遊びをやっております。「武者ピー」と呼んで可愛がってやぁ~!以後は「キューピー甲冑師」とも名乗ります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。