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百人町鉄砲隊祭り

 本日9月25日、新宿区大久保で開催された「鉄砲組百人隊出陣」を撮ってきたので早速お送りしよう。
鉄砲祭り幟
 今、大久保の街中ではこんな幟旗がたっている。大久保には江戸時代、鉄砲足軽の長屋が立ち並んでいた。その町並みは現在も残っており・・・
百人町地図
 通りに面した間口が狭く、奥が細長い。町並みは変われど、街の作りに江戸時代がこうして残っているのである。

鉄砲隊の面々
 鉄砲隊の面々が大久保一帯を行列を組んで練り歩いており、時々立ち止まって演武を行う。
ほら貝吹き
 「プオォォォ-ッ!!」ほら貝が鳴り響き・・
長光寺1
 「構え!」
長光寺2
 「撃て!」当然、空砲であるものの目の前で撃つので一瞬耳が聞こえなくなるほどの轟音が鳴り響く。この後もしばらく行進が続くので、西大久保野球場へと移動。そこで勢ぞろいしての演武が行われる。それまでまだ二時間ほどある。
皆中稲荷神社1
皆中稲荷神社2
 その間に新大久保駅近くにある「皆中稲荷神社」に参拝。よく当るとのことで、宝くじを買う人はよくお参りするみたい。

 途中コンビニで弁当を購入して食事して待つ。徐々に見物人も集まってきて・・
勢ぞろい
 午後1時頃やっと来た。1番隊から3番隊まで存在し、この画像は1と2番隊。ここからは撃ち放ちをどんどん見ていただこう。
かまえ1
うて1
かまえ2
うて1
DSCF1255_1.jpg
岩の苔
 いや、もう凄い煙。たった30人程度でこの煙だから、百人単位・千人単位だとどんな感じ?

 さて今回は百人町鉄砲隊の創立50周年の記念大会であり、それを祝うため、福島県相馬市から「相馬中村藩古式炮術隊」がこの大変な時にも関わらず参加してくれた。この野球場での撃ち放ちの前に当然ながら黙祷して被災者の方々の冥福を祈った。南無南無・・・。
相馬中村藩古式炮術隊
 9人という少人数かもしれないが、この時期の9人は平和な時の50人にも優る価値を持っているのではないだろうか?中村藩の鉄砲組は武者ということもあり、陣羽織を羽織り、袴をはいている。
相馬次郎師常の墓やぐら
相馬家紋
 中村藩の演武を見ていただく前に、先日鎌倉を訪れた折に偶然、鎌倉時代の相馬家の当主の墓をみつけた。住宅街をさ迷っている時、たまたま通りかかったのだが、今回の中村藩の演武を見る前となると何らかの引き合わせのようにも思えてくる。この墓の主は相馬次郎師常、源頼朝の挙兵に参加し、平家討伐・奥州討伐に活躍した鎌倉幕府初期を代表する御家人の一人だ。中村藩の皆様、ご先祖も見ておられますぞ!

礼!
 まず丁寧に武者礼をして・・
撃て!
 「撃て!」
大筒
 こんな大筒も持ってきていた。
大筒構え
 反動が凄いので体の脇で構えて・・
大筒撃て
 「大筒、撃て!」体がえらく反り返ってますね。

えい!えい!おう!
 小1時間ほどで演武が終了し、最後に皆様で「えい!えい!おう!」ご苦労様でした。

 来月の10月10日には早稲田の穴八幡宮で「流鏑馬神事」が開催されるのでそちらもお送りしたい。

 では、また次回!

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No title

凄いですね。
発泡の反動でバランスを崩す写真にリアリティがあります。来年の此の祭りに行ってみたい!そう思いました。
ご紹介有難うございます。

鉄砲隊

迫力ある写真を拝見しました。サムライさんはセンスが良いのか、カメラがよいのか(笑)、写真がお上手です。

いつも行ったような気分になり、大助かり。それしても、目を隠す必要あるんですか?肖像権がうるさいのはわかってますが、祭りに出るような人は、文句を言わない・・と聞いたことありますよ。

相馬中村藩からも援軍がきたのですねえ。こんな時だけに、感激ですね。

仙台から相馬までは近いので、小学生のときに母と一緒に行ったのですが、よくは覚えてません。

おととい、土気駅を通ったのに、いずれにしても時間はなかったのですが、こんなすてきな美術館を知らなかったです。

千葉は思ったより面白いところで、もっとゆっくり行こうと思いました。品川から直通があるので、案外近いことが分かりました。

Re: No title

 こんばんわ。
 あの祭りは2年に1回ですから再来年にいってください。大筒の写真も実は失敗した写真なんですよ。あのすこし前を撮りたかったのです。

Re: 鉄砲隊

 こんばんわ。
 本人達に許可とってないので、念のため目隠ししました。うるさい時代ですからね。目さえ隠しとけば個人特定も難しいでしょうしね。

 千葉も広いですからね。面白いところは沢山あると思います。

No title

カッコいい~!
あけぼうも、一度火縄銃を撃ってみたい・・・。
でも、白い煙があんなに出るんですね・・・。花火と一緒ですね・・・。

No title

新宿でこんなお祭りあるのですね。
百人町の由来も何かあるとは思っていましたが、鉄砲百人組みにも起源がありそうですね。
相馬の鉄砲隊も合流してよいお祭りですね

Re: No title

 はじめまして、こんばんわ。ですか?
 徳川家康が関東入国を果たした時、最初に入った内藤家の鉄砲組が配されていたようです。当時の最精鋭の部隊ですね。江戸時代は毎年、訓練を兼ねて皆中神社に奉納するために撃ち放ちと行進を行っていたようですが明治維新で一時途絶えたものの、昭和30年になって百人町に残っていたご子孫の方々が保存会をおこし、2年に1回のペースで祭りを行い現在に至る・・とのことのようです。

Re: No title

 こんばんわ。
 火縄銃にしろ、現代のライフルにしろ警察で簡単な講習をうけて免許を頂く必要があります。火縄銃の場合には、あのような火縄銃保存会などに問い合わせて、どうやって所持するか?訓練はどこでするか?など教えていただく必要がありそうですね。私はそういった銃砲所持許可などもっていませんが、なぜか知っております。

 銃にしろ、大砲にしろ、発射の際の煙は大きな問題でした。それを解決したのは明治時代の日本海軍でして、日露戦争におけるバルチック艦隊との「日本海海戦」では無煙火薬の存在は日本に勝利をもたらした要因の一つでもありました。

 戦後、歴史教育の中で軍事史は教師達によって無視されてきましたが、やはり必要な常識なのですよ。自分の国の基本的なことすら知っておかないと、海外で交流した時に「君は自分の国のことも知らないのかい?」と馬鹿にされかねません。古語にも「敵を知り己を知れば、百戦危うからず」ともいいます。

No title

あ、名無しは 私です。
あれ?なんで名まえ消えたんだろう?

当時の最先端の鉄砲隊だったんですね
プロフィール

サムライ銅像研究会

Author:サムライ銅像研究会
歴史と銅像と芸術が大好きなあまり、日本各地を東奔西走する銅像・史蹟ハンターである。神出鬼没なため、脈絡無しのブログ更新を続ける。掟はただ一つ!「死して屍拾うものなし!」昔の時代劇の決め台詞だけどね・・皆さん、見てやあ!
 最近、キューピーに侍の装束を着用させる遊びをやっております。「武者ピー」と呼んで可愛がってやぁ~!以後は「キューピー甲冑師」とも名乗ります。

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