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世田谷区の銅像

 前回、世田谷郷土史資料館に行き、今回の銅像・江戸重長について調べてきた。いよいよ銅像探索に向かう・・・その前に。

代官屋敷・母屋
 世田谷代官所の母屋を裏から撮った画像。なんと二階がある!
代官屋敷・二階部屋
 残念ながら中に入ることはできなかったが、この部屋に文机を置いて四季を感じつつ読書したらさぞや気持ちいいのではないだろうかと夢想・・。暖かくなる頃にまた行きたいね。

 資料館を後にしてバス停から「成城学園前行き」に乗り20分ほど揺られると「東宝前」で降りる。脇道に入っていくとこの見晴らしのいい風景が広がる。
世田谷遠景
 ここをずっと下っていくと、やがて多摩川の岸辺へと降りる。この見晴らしのいい高台沿いに多くの古墳が分布している。有力者がいい土地を占めるのは今も昔も同じか・・。

 そんなこんなで30分程歩くと慶元寺のある「喜多見」地区に到着。まずはたまたま通りかかった氷川神社に参拝・・ここがまた面白かった。
氷川神社鳥居

江戸時代の鳥居
 この鳥居は17世紀中頃(1654年頃)のもので世田谷区内最古の鳥居ということから「世田谷区有形指定文化財」として保護されている。歴史のある神社なのだ。

幕末の石灯篭1
 この石灯篭がまた古い。裏に「嘉永二年」とあったので、これが建てられた数年後に黒船が来航したのだ。これと対になっている石灯篭の画像は下。
幕末の石灯篭2
 どちらも彫刻が精緻!アップ画像はこちら。
石灯篭の彫刻アップ
 弁天様だろうか?文机にひじをついて、目の前で香を焚いて楽しんでいる様が詳しく掘り込まれている。石工の技術力の高さが偲ばれますねぇ。

氷川神社・本殿
 本殿はこちら。本殿自体は戦後立て直されたもの。不審火で焼け落ちたらしい。ここまでは普通なのだが・・神社の一角にこれがあった。
陰陽石
 いわゆる陰陽石信仰の陽石の方だろう。言わずとも何か分かるだろうが、初めて見た。文献とかでは知っていたけどね。さりげなく置いてあるのが笑えた。境内に陰石があるかは不明。何かわからないお子様は親に聞いて困らせないように。

氷川参道
 氷川神社を後にして・・

慶元寺入り口
 こちらが浄土宗慶元寺。昔は京都・知恩院の末寺だったらしい。

慶元寺参道
 参道を歩いていくと・・
山門と本堂
 山門と本堂が出迎えてくれる。が、ここは潜らずに本道に手を合わせて銅像へ。

江戸太郎1
 山門の脇に「江戸太郎重長公」像があります。どっしりしていますね。

 江戸氏の先祖は「前九年の役」で関東に下って来た源義家に従ってきた平氏の一族が土着し、秩父氏として武蔵に広く分布。その一族から江戸氏が分かれ、源平合戦の折には武蔵で大いに繁栄し、現在の東京駅のあたりにも館を構えていたらしい。この銅像の重長公はその頃の当主で、源頼朝が石橋山の戦いで挙兵した後に頼朝に臣従。頼朝亡き後は執権北条氏に領土の一部を寄付して臣従。以後、鎌倉幕府の要職を歴任。
 南北朝の頃には新田義貞に従ったが、足利尊氏に鞍替えして生き延びるものの今の江戸城のあたりを太田道灌に奪われ、現在の世田谷あたりに落魄。以後、喜多見と名乗り、小田原・北條氏に仕えたが、秀吉の関東征伐後は徳川家に仕え、二万石の大名になり、犬公方・徳川綱吉に重用される。
 だが、一族が刃傷沙汰をおこして取り潰されたという・・・。
江戸太郎2
江戸太郎3
 その話はどこまで真実かわからないが(誰しも先祖はかっこよく語りがちだ)、銅像はなかなか立派。お寺には重長公のお墓もあるが、お墓は撮影しなかった。

江戸氏肖像画
 こちらは世田谷郷土資料館にあった「喜多見重勝公」肖像。重長の子孫、茶人・建築家・作庭家として有名な小堀遠州に師事し、自身も茶道「喜多見流」を創設。現在の世田谷区成城のあたりに茶室を建てたことから「茶室坂」として地名に残っているようだ。茶道はよくわからないけど、優れた芸術家だったんですな。

新田義貞1
 帰りに分倍河原駅前の「新田義貞公」像を撮影。作者は富永直樹先生、富永先生は北村西望先生の弟子。日展の理事を務めておられたが、2006年にお亡くなりになった。代表作に大分県大分駅前の「大友宗麟」像など。以前行った日展の展覧会では「馬上の毘沙門天」像なども置かれていた。
 アップで撮ると・・
新田義貞2
 目を引き剥いていてやや恐い・・。
新田義貞3
 このアングルでもかっこいいなあ。「新田義貞」ってところだけがひっかかるが・・。

 今回はこれまで。次回どうしよう。
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プロフィール

サムライ銅像研究会

Author:サムライ銅像研究会
歴史と銅像と芸術が大好きなあまり、日本各地を東奔西走する銅像・史蹟ハンターである。神出鬼没なため、脈絡無しのブログ更新を続ける。掟はただ一つ!「死して屍拾うものなし!」昔の時代劇の決め台詞だけどね・・皆さん、見てやあ!
 最近、キューピーに侍の装束を着用させる遊びをやっております。「武者ピー」と呼んで可愛がってやぁ~!以後は「キューピー甲冑師」とも名乗ります。

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