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「007白紙委任状」を読んだ

 先日、久しぶりに本屋でジャケ買いした。それが・・
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 見た瞬間、「え!なんやて!007を『ボーン・コレクター』で有名なミステリの巨匠ジェフリー・ディーバーが書いたって!」と叫び・・いえいえ、心の中のつぶやきです。

 「00(ダブルオー)のコードネームを持ち、殺しのライセンスを与えられた秘密工作員ジェームズ・ボンドはセルビアで『アイリッシュマン』と異名をとる殺し屋を監視中であった。
 そこに危険な化学物質を満載した鉄道が近づいてきた。もし転覆すれば、周辺の街に住む人々が全滅しかねない危険な薬品であったが、監視に気づいたアイリッシュマンはボンドに銃口をむけたのである・・。」
 あまり詳しく書くと読む人の興を削ぐことになるのでこのへんで。

 読破するのに3日かかりましたが、久々に寝不足の日々が続きました。007の映画はそんなに好きではないが、俳優ダニエル・クレイグの映画は好きなので見ている。(クレイグの『レイヤー・ケーキ』は面白い)
 この小説もクレイグ・ボンドを念頭に置いて書かれているという。練りに練られたプロット、細かい人物描写、詳しい情勢解説、酒や料理のウンチク、数々の秘密兵器(iフォンのアプリが駆使されていた)、沢山の美女との恋愛模様とお約束を踏まえつつ、ラストには全てを収斂させていく怒涛の展開!!久々に面白い冒険小説を読みました。なにせ年末年始と歴史・時代物を手当たりしだいに読んでいたのでこの辺で違うテイストのものが読みたかったのですよ。
 21世紀のボンドはこれまでのボンドとはどこか一味違います。女性差別しないし、環境問題配慮しちゃうし、自分の人生とか考えちゃうし、欧米(特にアメリカ)で流行のPC(ポリティカル・コレクト:政治的に正しい)にかぶれていますがそこはミステリの巨匠ディーバーですよ。格闘や銃撃戦の記述が詳細です。ロシア軍の格闘術「システマ」に詳しかったり、ボンドが使う拳銃の残弾数をきちんと確認させていたり、手を抜きません。特に銃の弾を確認する描写を織り込むあたりがしびれました。映画でも小説でもいいかげんなんですよね。実銃の装弾数以上に撃ちまくっていたりといい加減なものが多いですが、そのあたりはキチンとして頂きたいですね。

 アクションが面白い映画や小説は痛快ですな。映画監督ではサム・ペキンパー(『ワイルドバンチ』『ガルシアの首』『戦争のはらわた』)やマイケル・マン(『ヒート』『マイアミバイス』)、リドリー・スコット(『ブラックホーク・ダウン』『グラディエーター』)などが好きです。それがし、元ガン・マニアなもので鉄砲が出てくるものにはうるさいのです。

 とりとめもないのでこの辺で・・。
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最近読んだ本など・・

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いやあ、毎日寒いですな。雪もろくに降らない関東でこのようなことを申し上げるのは恐縮だが、しかたがない。おかげで外出する気にもなれないので気になる本を読破しております。

 というわけで今回はまた面白かった本や今は亡き作家さんなどのことなど。

 最近は江戸時代や幕末史なども幅広く読んでいるのでこんなものを読んでみた。
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  佐藤賢一さん著 「新徴組」
 「新撰組の1番隊隊長・沖田総司の義兄・林太郎は試衛館(近藤勇や土方歳三も同じ道場)道場で1・2を謳われた程の剣士だった。それが清河八郎に唆されて京の都に来てからはからっきし。あげくに江戸に残した家族が気になって仕方がなかった。
  『家族を大事に思って何が悪いんでぇ!』林太郎はそんな啖呵をきって江戸に舞い戻り、他の浪士達と共に庄内の酒井家お預かりとなった。そこで彼らを待っていたのが、藩きっての俊秀といわれ、後に『鬼玄ば』とも恐れられることになる酒井吉之丞であり、徹底した洋式軍隊の調練を施されることとなったのである。
  『足と手をそろえて歩いちゃいけねぇってどういうことでぇ!』毎日ひたすら繰り返される行進訓練と江戸市中の警備、それに筋肉痛・・単調な毎日が続くかと思いきや、徳川慶喜による大政奉還、鳥羽伏見の戦いと時代はきしみをあげて動き始め、江戸藩邸の酒井家は庄内に戻ることになり、林太郎とその家族、他の浪士達・・今では『新徴組』と呼ばれていた・・もいやおうなく時代のうねりに飲み込まれることとなるのである・・。」

 これ以上書くと実際に読まれる方の興を削ぐこととなるので書かないが、悲惨を極める戊辰戦争の中で唯一胸がすく痛快な庄内藩の活躍を堪能してほしい。
 彼の地にはこんな言葉が今でもあるという。
  『本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿さまに。』これは庄内藩・酒井家を財政面で支え続けた出羽・酒田の豪商である本間家の繁栄振りをうたったものだ。小説には直接出てくるわけではないが、強固な軍事力の背景には金がかかせない。まあ、この小説をきっかけに幕末史に目を向けるのも楽しいのではないだろうか?

 続いて、戊辰戦争の悲惨な実態をあまさず書き綴ったこちら。
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  船戸与一さん著 「新・雨月 戊辰戦役朧夜話」
 「長州の間諜(スパイ)、物部春介は木戸孝允から密命を受け、越後に潜伏していた。そこに長岡藩の武器調達を密かにつぶせと連絡が入り、修験僧に身をやつし、長岡に向かった。
 一方、長岡の博徒・布袋の寅蔵は元々遊女を差配する元締めであったが、長岡藩の家老・河井継之介の藩政改革により商いを潰されたが、なぜか寅蔵は継之介に男惚れし、今や継之介のために全てを投げ打って奔走していた。
 二人の運命は容易に重なるかと思いきや、話は様々に軸を変えつつ予想もしない展開に・・。」
 
 戊辰戦争はいきなり戦争がはじまったのではない。いや、鳥羽伏見から思えば、一連の展開に見えなくはないが、それは後世の我々が『神の視座』から眺めた結果であり、当時は官軍(薩摩・長州・土佐など)・幕府軍(会津藩・庄内藩・米沢藩・仙台藩など)共に中で一枚岩ではなく、双方が様々な思惑を秘めながら動き、もがき、苦しみ、そしてなし崩しの戦争へと突入していったのである。
 船戸先生は元々冒険小説界の巨匠であり、その先生の書く戊辰戦争もハンパではなく悲惨だ。弱いものは殺され、奪われ、犯される。威張っていた侍達も実弾飛び交う戦場では存外だらしない。長州の奇兵隊が強いはずだ。その官軍の長州もひどい。幕府側の人間を殺すわ奪うは・・以下同文。あらためて戦争の無惨を目の前に突きつけられる。
 この作品は実に重厚だ。それは読んだ人が実際に味わって欲しい。

 さて、上の作家さん方・・まず佐藤賢一先生はヨーロッパ史に題材をとった小説がおおい。出世作となった「傭兵ピエール」は百年戦争の意外な裏側を活写して話題となり、マンガ化や舞台化までされたようだ。まあ、それがしは小説以外は見ていないが・・。他にも「女信長」や「第2次南北戦争」など変わった作品がおおい。ただ・・この先生、説明口調が多い。はまれば気にならないけどね。
 
 船戸与一先生に関しては今さら書くことはない。沢山書かれているので、「山猫の夏」「猛き箱船」「伝説なき地」「砂のクロニクル」「満州国演義」など読まれるといい。
 ただ一言・・暴力的な場面も満載なので抵抗のある方は避けた方がいいかも。小中学生などが読書感想文のために読もうとするなら、オススメはできないね。大人向きです。

 それがしは歴史もの以外にSFやファンタジー、ミステリなども読むが、冒険小説がことのほか大好きだ。尊敬している作家・北方謙三先生も元々その畑だし(本当は純文学出身らしいが読んだことない)。
 その冒険小説界で今は亡き巨匠・大藪春彦先生と竹島将先生を今もご存知の方は40代以上に違いない。
 
 大藪先生は「甦る金狼」など多くの作品を書かれ、それらは松田優作さん主演の角川映画化されているので書くこともない。(スマップの香取しんごがやった「甦る金狼」は絶対認めない!)

 竹島将先生は80年代に「ファントム無頼」シリーズなど多くの人気作品をものされたが、趣味のバイクレース中に転倒し、惜しまれつつこの世をさられた。その為、先生の作品は今では入手困難となり、たまに古本屋で二束三文で売られている。講談社は竹島先生の全集を出してほしいものだ。当時の挿絵つきで!
 その「ファントム無頼」シリーズ・・とにかくぶっ飛んでいた!なにせ主人公が素手で自衛隊の基地に潜入し、当時の最新鋭戦闘機F4ファントムを強奪して飛び立っていく・・という無茶苦茶な展開だった。だが当時学生だったそれがしにはそれが面白かった・・今でも当時の興奮を思い出すと懐かしい。最近の作品ではなかなかそんなぶっとんだ小説ないな・・いや、石原都知事に喧嘩売ってた作家さんの本読んでみようかな!

 そのうちSFとかも語ってみよう。

芝離宮を見に行く

 最近、庭園にも興味をもつようになってきたのであらためて都内の庭園など巡ったりもしている。というわけで今回お送りするのは正式名称「旧芝離宮恩賜庭園」、一般に芝離宮といわれているところだ。場所はJR浜松町駅のまん前にある。近くに浜離宮もあるので自分自身混同して理解していたが全くの別物です。

浜離宮入り口
 浜松町駅の北口から徒歩一分。140円を払って入場すると・・
浜離宮見上げると・・
 今となってはビルに取り囲まれていますね。かつては海に面していたようです。

 歴史からさかのぼると・・海だったところを明暦(1655~1658)年間に埋め立てて、さらに延宝6(1678)年に小田原藩主にして老中・大久保忠朝の屋敷地になった。ここを上屋敷とする際に小田原から庭師を呼び寄せて回遊式泉水庭園に作庭し、「楽壽園」と命名。
 幕末には紀州徳川家の屋敷となっていたが、明治に入って有栖川宮家のものとなる。大正12年(1923)の「関東大震災」で建物と樹木のほとんどが焼失したが、翌年(1924)、昭和天皇(当時は皇太子)のご成婚記念として東京市に下賜されて整備の後、一般に公開。昭和54年(1979)年に国の名勝に指定され現在に至る・・。
 かつては海だったことを物語る証拠が公園の端にある。
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 現在、この外側は埋め立てられて道路ですが、昔は海水を取り入れていたようですね。

 さて、今回この公園に来たのはあるものの存在を知ったのでそれで見に来たわけですが追々見て行きましょう。

浜離宮景色
 池を中心に、周囲を巡るように樹木や築山、石組みなどが配置されています。規模は浜離宮に負けますが、ちょっとした休憩時間に巡るのには最適ですね。
 池を眺めつつ歩いていると・・
浜の水のみ場
 水のみ場の石も雰囲気ありますね。まあ、これは新しいものでしょうがね。

浜の石灯籠1
浜の石灯籠2
 池のほとりに雪見灯篭が建てられています。かつてはこのほとりに屋敷か茶室があったのでしょうね。

 さらに歩くと築山が見えます。周囲にビルがあるので雰囲気ある撮影は難しいですね。名称としては「大山」とされています。
浜の築山

萩の小道
 春先には萩の花が咲いて美しいのでしょうが。行ってみましょう。
小道の主1
 小道の主と出会いました。鋭い視線に野生を感じます。
小道の主2
 見えなくなるまでずーっと見られていました。

DSCF3022_1.jpg
 再び池のほとりに戻ると・・やはりビルが見えてしまいますね。脇を振り返ると・・
唐津山1
唐津山2
 「唐津山」という石組みです。どこからもってきたのでしょうか?

鯛橋
 石橋が架かっています。石の形が鯛のようですね。

 ある調べ物をしていた時、小田原北条家に仕えていた重臣の松田家の茶室用の石柱が芝離宮にあると知り、どうしても見たくなった。それがこれです。
石柱
 考えていた以上に堂々とした石柱です。茶室だと普通四隅に木の柱を立てて作るのでしょうが、代わりに石柱を使っていたとはかなり荒々しい外観だったのでしょうか?見てみたかったですねえ。江戸時代にはやはり茶室だったのかもしれません。再現したらまた客を呼べる目玉になりそうですがね。

西湖の堤1
 池の中央、中島からみおろした「西湖の堤」です。真ん中に湾曲した石橋が架けられていますね。
西湖の堤2
西湖の堤3
 ここなどはいい撮影スポットですね。どのように使うか?カメラマンしだいでしょう。

 他にも色々撮りましたが、紹介できるのがあまりなかったので、次回は浜離宮をお送りします。広い庭園でした。

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正月に読んだ本

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 正月といえば初詣に、お節に、だらだらテレビ見たりと皆さん似たような過ごし方をされていると思うが、読書もその一つだと思う。それがしは年末に「あれ読もう、これ読もう」と何冊も用意するのだが、ついついだらだらとしてしまい、思ったほど読めないのもまた事実。
 そんな中で唯一読み通した本を紹介しよう。

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  「蜩(ひぐらし)ノ記」 著:葉室麟 祥伝社
 舞台は江戸時代後期の九州のとある藩。恐らく架空の大名家。お城でささいなことから刃傷沙汰を起こした若き侍である檀野庄三郎は、本来なら切腹しなければいけないところを藩政を司る家老・中根兵衛門により助命された。
 その代わりに中根の領地にある向山村に逼塞しているかつての郡代代官・戸田秋谷(しゅうこく)と共に幕府に提出しなければいけない藩史を纏めるという仕事をおおせつかった。一見、たいしたことのない仕事に思えたが、戸田は藩史の完成と共に切腹を命じられている身であり、庄三郎は戸田が逃亡を図った折に斬殺することを命じられていた・・・。

 なんとも謎めいたストーリーであり、謎解きの要素を持ちつつも正統派の時代小説であり、武士のあるべき姿を迫真の筆致により活写した近年まれに見る時代小説である。
 読了した後はすがすがしい感動に包まれており、しばらくその余韻に浸っていた。この程度の感想では伝えきれず、実にもどかしい。一人でも多くの人に読んでほしい。

 小説の中の家老・中根兵衛門を読んでいる時、どうしても民主党の政治家・小沢一郎がよぎってしょうがなかった。その家老が小沢そっくりというのではない。個人の勝手な連想だが、小沢氏の行動には疑問を持たざるをえない。
 考えてもみられよ。大地震後に被災地に小沢氏は乗り込んだか?年末にやっと岩手県の地元に帰ったようだ。それも今年、解散総選挙の目が出てきたからではないか!大坂市長・橋本徹氏が東京にあいさつ廻りをした時は笑顔で迎え入れていたのに。小沢氏の帰郷をを伝えるニュースを聞いた岩手県の避難住宅に住む人が「震災後の大変な状況を小沢さんに見て欲しかった・・」と寂しそうに苦笑していたインタビューが忘れられない。
 小説の中で、家老・中根も「人の痛みがわからない人間に政治が司れるのか!」と非難されていた。

 実際に読んだ方がまた考えて欲しい。

あけましておめでとうございます!!

伊勢原の龍
 当ブログをご覧頂いている方々の為に年賀状代わりに龍の画像を探してみるとこれが色々あった。まずは神奈川県伊勢原市にある高部屋神社・拝殿の龍。あらためて見てもかっこいい龍ですね。

 続いては・・・
円覚寺の龍
 神奈川県鎌倉市にある円覚寺・大光明寶殿の天井画。タイトル「白龍図」、作者は守屋多々志画伯、監修は前田青邨画伯です。ということは昭和初期にでも描かれたのでしょうか?はっきりと調べてないので不明ですが、それほど古いものでもないのですね。

建長寺の龍
 更に・・同じく鎌倉市にある建長寺・海東法窟の天井画。作者は小泉淳作画伯、足掛け3年をかけて平成15年に完成したものだそうです。まだ10年経っていない若い龍でしたね。貫禄十分ですね。

 さて、なぜお寺の天井に龍がよく描かれているのか調べてみると、「曰く、仏教では龍とは仏の教えを人々に伝えるといわれ、修行僧に『仏法の雨を降らせる』という意味がある・・」とのこと。なるほど、そういう理屈ですか。

 長くなりました。本年も皆様方にとり実り多き年になることをお祈り申し上げます。
プロフィール

サムライ銅像研究会

Author:サムライ銅像研究会
歴史と銅像と芸術が大好きなあまり、日本各地を東奔西走する銅像・史蹟ハンターである。神出鬼没なため、脈絡無しのブログ更新を続ける。掟はただ一つ!「死して屍拾うものなし!」昔の時代劇の決め台詞だけどね・・皆さん、見てやあ!
 最近、キューピーに侍の装束を着用させる遊びをやっております。「武者ピー」と呼んで可愛がってやぁ~!以後は「キューピー甲冑師」とも名乗ります。

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