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本年の最後に・・・

 今年最後の更新に何を書こうかと考えていたが「やはりアレしかなかろう」ということで・・。

それでも大地は甦る
 タイトル「それでも大地は甦る」 伊勢崎勝人さん 作
 今年起きた日本にとっての最大の悲劇「東日本大地震」を忘れるわけにはいかない。東北から遠隔地に住んでいると縁遠いように感じている方もいるかもしれないが、日本は地震大国である。いつあのような地震が襲ってくるかわからない。

路1
路2
 タイトル「路」 鷺悦太郎さん 作
 今年見た芸術作品で何よりこの1枚が心に残った。こんな傑作を日展理事会も賞を与えるべきではないか?またマスコミもこんな絵がありますと報道してもいいのではないか!そこは大いに疑問が残るところだが、日展はまだ日本を巡回していくから、スケジュールなどを調べて行って実際に見て頂きたい。

 ちなみに年明けの1月13日までは京都市美術館で、1月25日から2月12日までは愛知県美術館で第43回日展を開催している。それ以降の予定は・・各自で調べてね。

 では皆様・・よいお年を・・。

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江戸・東京の源流へ~待乳山聖天さんへ~

 前回、スサノオ神社や「あらかわふるさと文化館」に訪問したと書いた。そこに至る途中の南千住駅前に「回向院」が存在する。その寺は江戸時代、刑死した人々を弔う寺として有名であるが、軽々しく見学できるところではないので訪れたことはない。素通りするのみである。
 だがそこには幕末の越前藩士にして尊王運動に大きな影響を与えた橋本左内の墓もあった。その縁からか・・
さや堂
 文化館前にこのようなお堂があった。
  「おお!久々の銅像か!」と色めきたったのはいうまでもない。
左内1
左内2
 原型は陶器製であり、それを元に荒川区の「指定無形文化財」に指定されている菓子満さんが鋳造したものであり平成22年3月23日に設置されたものである。
さや堂説明板
 以前、福井県福井市の左内公園に橋本左内先生の立像を見に行った。
橋本左内2
 当ブログでも何度か紹介しているので、もう今さら紹介はしない。ちなみにそれがしの好きな幕末の志士は橋本先生に大村益次郎先生の二人しかいない。基本的に薩長土の連中は毛嫌いしている。特に西郷と坂本は許すことができない。その二人が好きな方は余計なコメントなどよせないように。あらかじめ書いておくぞ!

 他にこのような彫刻もあった。
DSCF1630_1.jpg
DSCF1631_1.jpg
 銘板などなかったので作者名はわからなかった。サインに「KURAYAMA]とあったのですこし調べてみたが不明のまま・・何か知っている方いたら教えてね。

 文化館を後にして、浅草方面に戻る。その途中・・・
道灌?
 こんなポスターをみかけた。詩吟や剣舞には興味ないが、絵に魅かれた。太田道灌公っぽいなあ・・手に花持ってるし。いやあ、こんな所でも道灌公活躍されていますね。

 前回の石浜神社で「石浜城」の説明板を紹介したが、実は城の場所は確定しているわけではない。神社もその候補地の一つにすぎない。台東区今戸1丁目にある「待乳山聖天」様もその候補地の一つなのである。場所は浅草寺の裏手なので、浅草寺観光のついでに足を伸ばすにはうってつけです。
聖天1
 周辺は平坦な地形ですが、ここはすこし高くなっています。
DSCF1646_1.jpg
 汚れていて恐縮ですが、こんな説明板がありました。他には・・・
池波石碑
 おお!「鬼平犯科帳」「剣客商売」「仕掛け人・藤枝梅安」シリーズなどの作者である池波正太郎先生はこの地の生まれでしたか!先生の小説は大好きです。藤沢周平先生の作品も好きだなあ・・。

 境内の様子は・・ってお寺だから「境内」は変か!?
聖天2
 登っていくと・・
寄居駅全貌
DSCF1652_1.jpg
 石段の手すりにはこんなレリーフもありました。何か大根と縁があるのでしょうか?
聖天3
 こちらが本堂です。その裏手からは・・
聖天さんからの眺め
 眺めはいまいちですが、周辺では一番高い所です。ここが城址だとしたら・・・納得できないことはないですね。

 今回のシリーズはこれで終了。興味もたれた方は実際に歩いてみてください。


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江戸・東京の源流へ~浅草の神社たち3~

 今回のシリーズの本丸である。前々回・前回の神社から隅田川沿いの314号線をぐっと北上すること30~40分くらいで台東区と荒川区の区境を越えて南千住3丁目へ到達。そこで目にする光景は・・・

石浜とガスタンク
 石浜神社とガスタンク・・・実にシュールな光景である。隣が東京ガスの敷地なのでしょうがない。石浜神社自体は奈良時代にはすでに存在しており、都(奈良・京都)から奥州(東北地方)へと至る街道の脇に建ち、旅人達の安全を見守っていたようである。
 とはいえ、古来から多くの水害にあって神社自体も何度も流されており、古い資料などは残っていないと宮司さんに教えていただいた。

 ここを訪問する前に「石浜(古くは石濱)」の地名の由来を郷土史などで探ってみたところ、源平合戦を描いた軍記物「源平盛衰記」にすでに「石濱は古き河港」と記されていた。 石や砂が多い港であることから「石濱」の地名が生じたようである。「江戸」という地名も元々このあたりを指していたようでもある。
 更に鎌倉幕府の初代将軍である源頼朝が挙兵して石橋山合戦に敗れた後に現在の千葉県に逃亡していたが、そこで千葉氏などの多くの武士の味方を得て、石濱の辺りから渡河して鎌倉にいって拠点としたのである。
 さらに南北朝時代に足利尊氏が新田の残党と戦って負けて危うく戦死しそうになった後、逃げに逃げて石濱にあった城に(土を掻き揚げて土塁となした程度だったろうが・・)逃げ込んでやっと難を逃れた地でもある。
 下って江戸時代にはこのあたりにあった砂利を集めて江戸市内の土木工事に使用したとのことで、このあたりは高低差のない平たい土地になってしまいました。
 とまあ簡単に記しても多くの事実があり、東京の歴史に興味のある方なら一度は訪れる価値のある神社なのですね。

 まあ、神社自体を見て行きましょう。
石浜神社正面
 このように撮ると普通の神社ですね。

石浜の拝殿
 拝殿です。建物が新しいですね。参拝をかかさずに・・。

石浜の扁額
 扁額です。右から読んでね。

石浜の富士塚
 境内にあった富士塚です。登ることは出来ないものの見上げるような大きさです。富士塚で有名な都内の神社ですと、品川区の品川神社とか新宿区の成子天神や水神社、渋谷区の鳩森神社など沢山ありますね。いずれも登れる所です。旅が難しい江戸時代は富士塚に登って富士登山の気分を味わったという貴重な歴史遺産ですね。

 狛犬殿にも挨拶していきましょう。
石浜の狛犬1
石浜の狛犬2
 オーソドックスな形(岡崎型?)ですが凛々しいですね。美狛犬です。

 宮司さんに神社の歴史を伺った所、昔からの水害で何も残されていないが、「石濱神社社誌」が創建1250年を記念して作られたが、神社には置いていないので読みたいのなら更に北上した南千住1丁目にある「荒川ふるさと文化館」の図書館になら置いてあるとのことなので、読みに行きました。もちろん徒歩で。ええ、さらに小1時間かかりましたとも。

 石浜神社を後にする前に・・
石浜城址
墨田の渡し
 こんな説明板がありました。さらに隅田川沿いの土手に登ると・・
石浜神社全景
 黄色く囲った所が石浜神社です。このあたりでは樹木が貴重ですね。浅草方面を撮ると・・
白髭橋とスカイツリー
 隅田川に架けられた「白髭橋」と2012年開業のスカイツリーです。下町もスカイツリーのおかげで盛り上がりますな。ついでに足元の神社なども巡ってほしいですね。

 石浜神社を後にして明治通り沿いを西に歩いていると・・
泪橋1
 この交差点から右へ北上しますが、表示板を見ると・・・
泪橋2
 「泪橋(なみだばし)」!あの「明日のジョー」の舞台ですな!!「立て!立つんだ!ジョー!!」でもそれがし、あの漫画読んだこともアニメを見たこともないんだよね。絵が嫌いでさ。ボクシング漫画なら現在も「マガジン」に連載中の「初めの一歩」が好きだな。最近は読んでないけど、アレも長い連載だね。幕ノ内一歩(主人公の名前)はいつになったら世界チャンピオンになるんだ!
 おっと・・閑話休題。

 常磐線の南千住駅のガード下を潜り、更に北上すると国道4号線、通称「日光街道」に行き当たります。その合流点に・・
スサノオ神社
 スサノオ神社がございます。
スサノオ神社の由緒
 延暦14(795)年創建ですか。この前年に平城京から平安京に遷都が行われております。古いなあ・・。やっぱり東京の歴史も一般に考えられている以上に古いんですよ。

スサノオの拝殿
 拝殿がまた立派でした。ここが変わった造りでしたが、いずれもう一度訪れて詳しくレポートしたいと思います。面白い神社ですよ。今回は軽く・・ね・・。
 狛犬殿に挨拶しましょう。
スサノオ狛犬1
スサノオ狛犬2
 なかなか動的な形ですね。勢いのある尾っぽがまた可愛い。

 神楽殿は・・
スサノオ神楽殿
 中にビッシリと折鶴がぶら下げられていました。いうまでも無く「東日本大震災」の被災者への鎮魂の為ですね。
折鶴
 この画像は撮影に失敗したんですよ。上はいいけど、手前の鶴が光が強くあたってしまい、色が白く飛んでしまっているという忸怩たる一枚です。偏光フィルターでも使えばよかったんでしょうがね。皆さんはこんな失敗などなさらないように。

 参拝者も折鶴を折るコーナーがあったので折ってみました。30年ぶりに・・・
折りました
 うーん、あまり飛びそうも無い鶴ですな。
中身
 中にはこんな大和歌を一首書いておきました。
  「国難に 遭いし時こそ スサノオに 立ち上がる日を 誓いし我ら」・・お粗末様。

 今回はここまで。次回も続きます。意外な人物の銅像も出てきますが、土地の歴史を考えれば当然のこと。

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江戸・東京の源流へ~浅草の神社たち2~

 前回は今戸2丁目の熱田神社をお送りした。今回はすこし南に戻って今戸1丁目にある「今戸神社」をお送りしよう。
今戸神社正面
 ここは最近招き猫発祥の地ということで観光地化してきている。行った時はたまたま人がいなかったが、立ち去ろうとした時に観光バスが来てぞろぞろと人が降りてきたのには驚いた。

今戸の狛犬1
今戸の狛犬2
 厳重に守られている狛犬殿は文政5年(1822)生まれ。その前年に伊能忠敬が日本地図をかんせいさせております。そんな時代・・。しかし表情がわかりづらいのが残念。

 拝殿で参拝しましょう。
今戸神社拝殿1
今戸神社拝殿2
 そういえばここは招き猫以外にも有名な何かがあったような・・うーん、思い出せません。まあ、ここは最終目的地である神社の情報収集のために立ち寄ったのでこの神社自体はついでによっただけです。由緒書きもみておきましょう。
今戸神社由緒

今戸焼きの碑
 このあたりで生活雑貨や器などやいていたんですな。そのついでに招き猫も焼いていた・・ということでしょうかね。招き猫といえば、世田谷区の豪徳寺も発祥の地でしたね。ホントはどこなんだろ?
 その隣には・・
沖田総司終焉の地
 新撰組の沖田総司終焉の地だったんですね。銅像も建てればいいのに・・。

 最後にご神木をご覧頂きましょう。
今戸のご神木

 次回はいよいよ今回の目的地です。そここそ浅草最古の地であり、元々「江戸」と呼ばれていたらしい所です。

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江戸・東京の源流へ~浅草の神社たち~

 この秋、江戸そして東京の源流を求めて浅草の奥地をさ迷ってみた。今回から数回に渡ってお送りしたい。

 東京で最も古い歴史を持つ寺社はそれまで漠然と「浅草寺」と考えていたが、もっと古いところがあった。最終的な目的地は奈良時代に創建されたある神社だが、まあゆっくりと廻ってみた。

熱田神社1
 こちらは台東区今戸2丁目にある「熱田神社」。東京に住んでいるそれがしも地図を見るまでこのあたりについて何も知らなかった。地方の方だともっとわからないでしょう。浅草寺の裏手の地域といえば少しはわかるだろうか。ご由緒は・・
熱田神社2
 なるほど・・少なくとも江戸初期からの歴史がありそうですね。

 水舎を見てみましょう。
熱田神社3
 刻まれた神紋は・・
熱田神社4
 なんというか雲が沸き起こるような模様ですね。ちょうどイザナギノ命やイザナミノ命が日本を造り出した神話を連想させます。

熱田神社5
 拝殿と狛犬です。コンクリ造りと新しいのは戦災にあったからでしょうか?尋ねたくとも人気のない神社でしたのであきらめましたが、そのうち郷土史を探ってみましょう。最後に扁額です。

熱田神社6
 今回はここまで。次回は招き猫で有名な神社をお送りします。そこは観光地のようになっていて観光バスから沢山の人々が降りてきていました。


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人生を決定付けた本達・・

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 最近、忙しいせいか更新が滞っている。なんとなく書く気になれなかったのも一因だが、まあそんな時もあるさ。気分を変えるために今まで子供時分から読んできた本のなかで印象的なものをすこし語ってみたい。画像はないが。

 「三銃士」アレクサンドル・デュマ著
  これは小学生の4年生くらいに出会って夢中になった本だ。フランス革命以前、ルイ13世時代の時代劇だ。まだこの時は日本史に目覚めてなかったが、その後の読書傾向を決定付けたような本だ。主人公のダルタニヤンよりも悪役たるリシュリュー枢機卿に大いに魅かれていた。物語のような悪事はやってないだろうが、清濁併せ呑む大政治家である。日本はもちろん、世界史上にもまれな政治家だろう。
 話がそれたが、剣劇やラ・ロシェル攻囲戦の描写にも大興奮であったよ・・。

 「海底2万海里」著者をど忘れした・・
  今でもSFはよく読むが、その世界に目覚めさせてくれた本ですな。19世紀なのに深海をうごめく潜水艦・・なぞめいた艦長。同じ作者で他にも「15少年漂流記」とか何冊か読んだが、飛びぬけていたなあ・・。

 「アーサー王宮廷のヤンキー」マーク・トゥエイン著
  「トム・ソーヤーの冒険」や「ハックルベリー・フィンの冒険」が有名だが、こんなトンデモ小説も書いていた。話は簡単・・19世紀のアメリカ人が中世の英国・アーサー王の時代にタイムスリップして、産業革命の技術を用いてドタバタ騒ぎを起こすという面白いお話です。
 印象的なシーンは、主人公が敵国につかまってあわや死刑になろうというところに自転車に乗った「円卓の騎士団」が救出に現れるというところ・・当時は大爆笑。今もクスクス笑ってしまう。

 ここまでが子供時代・・小学生の頃かな・・。

  「鷲は舞い降りた」ジャック・ヒギンズ著
  第2次大戦中、英国のチャーチル首相を暗殺すべく、ナチス・ドイツ軍のコマンド部隊が英国に潜入する話・・冷酷非情なドイツ兵かと思いきや、軍人として任務に忠実なだけでヒトラーに心酔しているわけではなく、冷や飯を食わされていたところを抜擢されて心ならずも出陣する男達・・潜入に成功し、チャーチルが休暇に訪れる村をひそかに占領。村人と反目しあいつつも、いつしか心通じ合っていく。ドイツ兵の一人は村人の子供を助けるために命を省みずに川に飛び込み、死んでしまう。
 そんなエピソードがいくつか続き、話は怒涛のクライマックスを迎え、そこにはまさかのどんでん返しが・・。いわゆる「戦争冒険小説」を初めて読んだ時の興奮は今も忘れ得ない。

  「深夜プラスワン」ギャビン・ライアル著
 いわゆるスパイ小説の古典である。第2次大戦後、東西冷戦が時代の空気であった頃のお話。ストーリーは・・いまいち思い出せないが、通学電車の中でそんなタイトルの本を読んでいたことに自己満足に浸っていたことをおもいだしたなあ・・・。

  「三国史」吉川英次 著
 いうまでもなく支那の「三国史」をベースに歴史小説の巨匠・吉川先生が描いた大作である。三国史人気は江戸時代以前からあるが、昭和においてその流れを決定付けた超・名作。いうことなし!
 吉川先生の作品はこれ以外にも色々読んだなあ・・今、思えば歴史にハマッたきっかけは吉川先生に負うところ大ですね。

  「独眼龍政宗」山岡荘八 著
 大河ドラマ「独眼龍政宗」の原作ですね。これをベースに天才・ジェームス三木先生が脚本化、伊達政宗を渡辺謙さんに抜擢して、大河ドラマ史上最高視聴率を獲得した傑作ですね。いうことなし!

  「グイン・サーガ」栗本薫 著
  日本のファンタジー小説界で最長記録を築いたにも関わらず、結末を書き終えないまま昨年お亡くなりになられた栗本先生のご冥福を祈りたい。
 この小説は頭が豹で体が逞しい戦士という主人公が大国の陰謀の中を時に腕力で、時に鋭い知性で渡り歩いていく大河ファンタジー小説ですが、作者の癖なのでしょうか、時に冗長になりすぎてしまっていました。誰か書き継いでくれませんかね。ねえ、ハヤカワ文庫さん。考えてみてよ。

 「孫子」
 古代支那の兵法家・孫先生の兵法書。古典の中でも最高傑作の一冊ですね。不思議な本で、読む年代ごとに読み方が深まっていくという凄い本。古代の帝王も戦国武将も幕末の志士達も一度は読んでいる傑作。
 孫子以外にも6冊の兵法書が存在し、あわせて「武経七書」というが、孫子一冊だけで十分かも。他の6冊も面白いけどね。

 中高生時代に読んだ本で印象的なのはこのあたりですかね。他にも「指輪物語」とか「山本五十六」とか色々あるけど語りつくせません。

 最後に徹底的に影響をうけた作家だけ紹介したい。それは北方謙三先生です。一般的にハードボイルド作家と思われているかもしれませんが、ここ20年近く歴史・時代小説も沢山書いておられます。「破軍の星」「楠正成」「悪党のすえ」「道誉なり」「三国志」「水滸伝」「楊家将」「血涙」「楊令伝」などなど・・・沢山ありすぎて書ききれません。ずいぶん読んだけど、この先生は底がみえませんわ。
 それら作品群のなかで決定的だったのが「武王の門」・・・日本の南北朝時代、九州に南朝の再起をかけて渡った後醍醐天皇の皇子がいた。それが征西将軍宮・懐良親王であり、お助けしたのが肥後の豪族・菊池武光公である。またその中にわが先祖の一人も関わっているようないないような・・読んでいる途中から背中に雷撃をくらったかのような衝撃を感じつつ読んでいたな。読みながら、「北方先生こそ探し続けてきた作家であったか!」と考えていたのを思い出します。
 先生の作品は読みやすく、かっこよく、のめりこみ、そしてせつない・・とてつもなく「せつない」のですよ。この感情は女性よりも男性の方が理解してもらえると思うが、のめりこむ女性ファンがいるのもまた事実。老若男女とわず幅広く読んで欲しい作家ですね。
 そして今・・北方先生が命の炎をもやして書き継いできた「水滸伝」「楊家将」「血涙」「楊令伝」といういわゆる「北方水滸伝サーガ」の終局を飾る「岳飛伝」の連載が「月刊すばる」で始まりました。先日、ほんの2~3ページ読むつもりが、50ページ以上ある第1話を読みきってしまった・・それだけ面白いのですよ。

 今宵はここまでにいたしとうございまする・・。ああ、眠い・・。
プロフィール

サムライ銅像研究会

Author:サムライ銅像研究会
歴史と銅像と芸術が大好きなあまり、日本各地を東奔西走する銅像・史蹟ハンターである。神出鬼没なため、脈絡無しのブログ更新を続ける。掟はただ一つ!「死して屍拾うものなし!」昔の時代劇の決め台詞だけどね・・皆さん、見てやあ!
 最近、キューピーに侍の装束を着用させる遊びをやっております。「武者ピー」と呼んで可愛がってやぁ~!以後は「キューピー甲冑師」とも名乗ります。

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