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太田道灌公所用四面兜図~謎の掛け軸~

 先日、九段の靖国神社境内にある博物館「遊就館」にて、所蔵の甲冑や刀剣の展示会が開かれるというのでいってみた。嬉しいことに無料なんですって、奥さん・・。
 まずは参拝をすませてから貴重な収蔵品の数々を堪能させていただいた。撮影できたらよかったんだけど当然不可能なので、興味のある方は自ら足を運んで頂きたい。

 それだけならわざわざブログにあげるまでもないが、展示品の中に一幅の掛け軸があり、その脇に「太田道灌公所用四面兜図」とあったのである・・・!!道灌公に関する本や郷土史は随分と読破し、史蹟や城跡もあらかた巡ったつもりであったが、それは初めて見るものであった。不明な点は早速、博物館スタッフに伺うと・・・

  「明治36年11月4日に寄贈されたものであり、その当時の館長・今村長賀のサインが入っています。また、当館は遺品を預かって展示しているので、専門の学芸員を置いて学術的に究明しているわけではないので詳しいことは全く不明です。」とのこと。・・・置いてるだけなら「遺品展示館」とでもつけておけよ、などと突っ込めるわけも無く引き下がりました。

 そのままではあまりに悔しいのでその掛け軸をスケッチしてここに公開して広く天下に情報を募りたい。スケッチなら文句なかろう。
道灌兜1
道灌兜2
 下手な絵で申し訳ない。図は兜を後ろから描いたものであり、このスケッチではおかしな顔しか描かれていないが、実際の絵はおどろおどろしい面が三つ描かれている。「四面」とあるから正面にもう一つあるかもしれないし、着用者の顔がもう一面ということかもしれない。
 絵からわかることは、兜の上に恐らく木製か紙に漆をぬった面をつけた戦国時代でいうところの「変わり兜」の一種であろう。日本の甲冑のデザインは実に驚くべきものが多々あり、兜に面がついたものの一例にこういうのがある。
三宝荒神兜ミニチュア
 「伝・上杉謙信所用・三宝荒神兜」という。これはそれを参考に造られたミニチュアである。数年前、入手して、以来それがしの部屋に飾ってある。埃がまとわりついていて申し訳ない・・。
 兜に「伝」とついているのは、「上杉謙信が使ったことあるかもしれないけれど、本当のことはわからないよ~。」という意味。実際、武将が合戦の時に、どの甲冑をつけていったかなんてのは謎なのである。我々がイメージしているものは、残された記録・絵巻物から後世に「これこれをつけて出陣した」なんてフィクションばかり。

 おっと・・本題に戻ろう。最大の問題は「何を根拠に道灌公がつかったなんてことをいってるんだ!」ということ。大体、道灌公の時代にこんな奇抜な兜の実例など見たこと無い!近畿の武将なら、ひょっとしたら我々歴史好きの知らない実例があるかもしれないが、ど田舎の関東でそんなデザインの兜などまずありえない。
 可能性として、道灌公の子孫の誰かが使ったものを絵図に残して、更に後世に掛け軸に描いたものかもしれないが、それにしても太田家の「誰が」が問題になる。

 手がかりは・・・兜の上に描かれた「旗指物」らしき「又」の字が書かれたものであろう。それくらいしかないともいえる。ま、これを手がかりに探れる範囲で探っていきたい。ある武将の名が脳裏をよぎらぬこともないが、不確実なことは書きたくない。

 というわけで「知ってます!」って方、いたら教えてね。兜の実物を見たことあるなんて方がいたら最高ですけどね。なんらかの情報をいただけたら・・・それがしの心よりの感謝をささげます。感謝だけね。

 では、また次回。

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麻布は狸穴(まみあな)近くの八幡神社

 先日、仕事の会合に向かうため麻布の狸穴(まみあな)から飯倉交差点を北上すると・・八幡神社がありました。
飯倉の八幡さま
 今まで何度か歩いていたはずなのに気がつかなかった・・時計を見ると時間の余裕はあったので寄ってみました。
鳥居脇の塚
 鳥居の右側下にこんな石塚もありました。この辺に川があって橋を架けていたのでしょうか・・「熊谷橋」と読めますね。

石段
 石段を登ると・・
飯倉狛犬1
飯倉狛犬2
 狛犬殿が出迎えてくれます。めずらしいことに上を向いておられますね。肩凝らないのでしょうか?

飯倉八幡の拝殿
 拝殿です。そんなに大きな神社ではないもののわりと静かで厳かな雰囲気が漂っていました。近所のOLさんもベンチで弁当をつかっていました。
 由緒書きによると、「寛弘年間(西暦1004~1012)に源頼信が京の石清水八幡宮を勧進して現在の霞ヶ関あたりに創建。室町時代、江戸城を造るにあたり、太田道灌公によりこの地に移され、現在に至る・・」とのこと。またしても道灌公からみですね。東京含めて関東地方は石を投げれば道灌公にあたるというくらいですから今更驚きませんがね。
 ま、参拝しましょう。

 拝殿の前にもう一組の狛犬殿がおられました。
飯倉狛犬3
飯倉狛犬4
 先ほどより造りが新しいですね。

石段のすりへり
 拝殿に続く石段の磨り減りをご覧下さい。それだけ人々が祈りを捧げてきたということですね。

貝塚説明板
 ちょうど拝殿の裏手が貝塚があったようです。確かに神社がある飯倉交差点あたりは地形に高低差があります。大昔は間近に海があったのです。
八幡貝塚?
 あの裏手のあたりですかね。

 こちらは創建1000年を記念して記念碑を建てているところです。
石碑完成予想図
 完成予想図です。その予定地を見ると・・
基礎1
 何か石を敷いて基礎にするのでしょうか?
基礎2
 よく見ると古い灯篭の台のようなものを砕いて敷いているんですね。面白いものを見ることが出来ました!もし数百年後・・ここを誰かが掘り返してこれらを見つけたとき、大昔の営みを創造するのでしょうかね。

 今回はここまで!

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小堀遠州の仕事~品川にて~

 何回か前にオススメ漫画として安土桃山時代の茶人・古田織部が主人公の「へうげもの」を紹介したが、その中に出てくる江戸時代初期の茶人大名・小堀遠州もでてくる。
へうげもの遠州
 こちらが「へうげもの」版の小堀遠州。茶人のみならず、築城や作庭でも知られた総合芸術家。マンガではオネエ言葉で若干カマっぽい。それはマンガの演出でしょうが凄い人なんですよ。詳しくは・・ここじゃアレなので各自調べてね。ググってね。
 遠州の事績を調べていると、品川区の東海寺を彼が手がけたとの古都!いえ・・こと。お寺は一度行った事あるけど、あらためて行ってみた。

東海寺1
 こちら品川区北品川3丁目にある万松山東海寺。臨済宗大徳寺派です。開基は「紫衣(しえ)事件で有名な沢庵和尚。
東海寺2
 こちらは世尊殿。
 沢庵和尚は事件のために二代将軍・秀忠から出羽上山に追放されたが、三代将軍家光からは江戸に招かれて品川に東海寺を建ててもらい、その後はずっと江戸で過ごす。本人は京都の大徳寺に戻りたがっていたようだが・・和尚の墓もまた遠州が手がけたらしい。真偽は定かではないらしいが、ある意味芸術作品としてみてきた。

沢庵和尚墓入り口
 お寺とお墓は離れているが、お寺にいけば地図があるので実際に行かれる方が現地で参照されたし。

 入り口を上ると・・
茶筅塚
 茶筅塚がありました!つくばいや灯篭も・・ん?この灯篭?
織部灯篭1
 織部灯篭ではないですか!品川歴史館でみたものです。この画像ではわかりづらいですが、下を見ると・・
織部灯篭2
 お地蔵様のような刻み込みがあります。マンガでは・・
オリベ灯篭
 こんなかんじですね。左の口元を梅干のようにされている方は上田宗箇です。津本陽先生が「風流武辺」という本で書かれておられますね。
 こちらの灯篭は泥で覆われていますから、すこしよけてみました。
織部灯篭3
 お地蔵さんがほほ笑まれたように見えました。

 本題にもどりましょうか。
沢庵墓1
沢庵墓2
 なるほどね。

 柵の向うを見ると・・
沢庵墓3
 広く造られていますが、墓石自体は自然石ですか!もっと寄って見ると・・
沢庵墓4
 職人が技巧の限りを尽くしたお墓は沢山ありますが、さりげないのにどのお墓よりも存在感ありますね。遠州作というのが信じられます。素晴らしい!後ろから見てみましょう。
沢庵墓5
 もう言葉はいりません!

沢庵墓全体
 お墓は線路沿いにあるのに、静かでした。木立に囲まれているからですかね。この静謐な空気感はなんともいえません!味わう価値はありましてよ!

 今回はここまで。

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NHK・BSドラマ「塚原卜伝」総括

 本日、NHKのBSドラマの「塚原卜伝」が最終回を迎えた。意外に面白かったが、若き卜伝が将軍や管領に拝謁するのに烏帽子もかぶらずにいるのはどうにも感心できなかった・・。とはいえ面白かった!なにより戦国時代初期がドラマにとり上げられるのは貴重だ。しかも関東の剣豪「塚原卜伝」。他にも色々な時代の短いドラマをやってほしい。短いほうがアラも出ずらいだろうしね。

卜伝1
 左の直垂姿が堺雅人さん演じる卜伝、右がお供の山崎左門役の平岳大さん。平さんは初めて拝見する俳優さんだが、なかなかいい存在感をだしていて主役の堺さんをある意味喰っていた。ストーリーの転回点でしばしば登場する重要な役回りですね。

卜伝2
 キリッ!!

卜伝3
 卜伝の師匠、松本備前守との対決シーン。備前守を演じる永島敏行さんが古豪の雰囲気をよく出しておられました。説得力のあるキャストです。

卜伝4
 ラスト近くの再びの廻国修行への旅立ちシーン。女性は栗山千明さん演じる卜伝の妹・真尋。左の眼帯男は後の山本勘助、演じるは・・忘れました。

卜伝5
 面白かったです。感謝感謝!

 これだけだと何なので・・。
道灌表紙
 最近、神田は神保町の古本屋街でみつけた古雑誌「歴史と旅」昭和56年8月号。100円也。太田道灌公が表紙です。これはとてもとても珍しい。他にも数十冊ありましたが、この1冊だけ。戦国時代特集や幕末特集は沢山あるのにね。内容は通説だし、その後の研究成果からみれば古くなっている部分も多々ありますが、この雑誌が手元にあることが重要なのです。他の人には100円の価値でも、それがしには1万円でも10万円でも換えがたいですね。まあ、万単位では買いづらいですがね。

秋のななみ
 我が家の飼い犬、シー・ズー犬の「ななみ」です。御年11歳(そろそろ12歳)ですが、まだまだ元気。人見知りな犬ですが、美犬で評判です。一笑一笑。

 今回はここまで。ではまた次回。

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古河公方・足利成氏

          足利成氏(あしかが しげうじ)・・・・
 関東の名将・大田道灌を追いかけていると、この男が浮き彫りとなってくる。まるで道灌公の陰からにじみ出てくるように・・。
 実際、室町の末期、戦国のあけぼのとでもいう時代の栄光を一身におった道灌公ですら、今となっては事績が明らかでないのに、それ以外の人物に脚光を浴びるわけが無い。ならば・・それがしが脚光を当てて見よう。

 足利成氏(永享(1434)生 明応6(1497)死去
  第4代・鎌倉公方である足利持氏の4男として生まれる(恐らく鎌倉)。幼名は万寿王丸。永享10(1438)年に発生した「永享の乱」で信濃に逃亡。持氏は嫡子・義久と共に切腹。
 永享12(1440)年、万寿王丸の兄である春王丸・安王丸が結城家に担がれて挙兵。「結城合戦」、翌年落城し、兄二人は京都への護送途中、大垣・金蓮寺で斬首。
 以後、文安4(1447)年まで過ごし、鎌倉帰還を果たす。同年、将軍・義政の任命により、鎌倉公方に就任。
 宝徳元(1449)年、将軍・義政(この時は義成)から一字を拝領し、「成氏」と名乗り、正式に鎌倉公方に就任。
 宝徳2(1450)年、「江の島合戦」勃発。公方・成氏と上杉・長尾・太田が敵対。将軍・義政の仲介により和睦。
 享徳3(1454)年、公方・成氏、関東管領・山内上杉憲忠を招きよせて殺害。同時に上杉館を襲撃。ここに30年に渡って繰り広げられる「享徳大乱」勃発。関東のみならず、駿河や越後にまで影響をあたえ、さらに中央政界との動きとも連動した戦争であった。その中に太田道灌が大活躍した「長尾景春の乱」も包摂される。

 このように書くと、成氏公は大戦争をはじめた人物のように思うかもしれない。確かにその一面はある。だが同時に父や兄らを戦に奪われたこともあり、その動きを詳細に追っていけば乱を起こしたのもやむを得ざる仕儀といえなくもない。

 ちなみに道灌公は永享4(1432)年生まれであり、成氏公とわずか2歳差である。二人は同世代といえる。まさにカードの表と裏とでもいえようか・・。

 というわけで今回は古河の成氏公に関するところを画像で紹介しよう。
渡良瀬川河原
 雀神社の裏手から見える渡良瀬川の河原・・・ここまで広いと「河原」の定義を問い直したくなるな。

 川沿いに土手を歩いていくと・・
三国橋
 茨城県と埼玉県を繋ぐ「三国橋」。空が広いなあ・・・。

 さらに土手をひたすら歩くと・・・
古河城本丸跡1
古河城本丸跡2
 古河城本丸跡です・・・今まで見てきた中でもっとも空しい城址ですな。ああ・・空が青い・・。

 気を取り直して、古河歴史博物館に行ってみた。
古河歴史博物館
 ここもかつては古河城の曲輪の一角でした。中には古河の歴史がわかりやすく展示されており、その中に・・
古河城ジオラマ1
 古河城のジオラマがあります。時間が許せば、いつまでも見ていたいですね。男の子はこういうのがすきなのよ。久々に兜のプラモデル組み立てたくなりました。

古河城ジオラマ2
 こちらが、先ほど何もなかった本丸跡の周辺ですね。これは江戸時代のお城ですが。古河は古くから利根川・渡良瀬川をさかのぼって、さらに奥州へとつなぐ物流基地でもありました。成氏公が拠点を置いたのは、このあたりが公方家の所領があったことと、公方家を支える奉公衆の領地もこの辺に集中していたという背景があります。「物の流れに利権あり」というところでしょうか?
 
 ずっと南下して古河総合公園に到着。その中に・・
古河公方館跡
 「古河公方館跡」・・つわもの共が夢の跡・・という感じ。

 今回はここまで。これからは道灌公と成氏公もそれがしの短編小説に絡めていきます。二人主人公のような感じになっていきますね。

 古河は関東の古都としてもなかなか面白い街でした。そちらもまとめてお送りします。

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第43回日展~速報・阿部鉄太郎一点押し!~

 前回、日展でみたセクシーな像を紹介しようとのことであった。そこですこし考えてみた。どれを紹介しようかと・・つい考え込んでしまうほど裸婦像は多い。人間の素直な美しさは「裸形」にこそあるかもしれないが、それにしても多すぎる。そこで・・それがしがここ3年、日展を訪れるたびにある彫刻家の裸婦像を熱心に見てきたのでそれをこそ紹介しよう。いや、紹介する価値のあるものはこれしかない!といいきってしまうほど惚れ込んでいる。

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 「黒潮’11」 阿部鉄太郎さん 作 高知 今年の特選賞を受賞されています。

 阿部先生の作品に初めて出会ったのは、3年前の第41回日展・・
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 これがその時の作品。色々似たような裸婦像ばかりで(ごめんなさいね・・)飽き飽きしていたところ、これがあった。見た瞬間の衝撃は今でも忘れられない。何というか・・リアルな女の子を見ているようでドギマギしてしまったよ。撮っている時も彫刻を撮っているというより、グラビア撮影しているようで参った。

 今年の作品に戻ろう。
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 やはり煽って撮らないとね。

 去年の第42回日展の作品はやや過激だった。
IMG_0651.jpg
 すこし過激すぎたのか会場の端っこに置かれていたっけ。でも裸婦像の芸術性とはなんであろうか?それがし、美術教育は受けていないので何がというのかはわからないが、裸婦像には「セクシー」さこそ必要なのではないか?もっとはっきりいえば、男性が興奮を覚えないような裸婦像などただの金属(他の素材は色々あるが・・)でしかない、と言っておこう。え?女性からの視点?そこまでは考えていませんでした。

 そういえば裸婦像彫刻の大家である佐藤忠良先生は今年の3月に亡くなられていたが、その折は大震災でニュースが流れるわけもなく・・知ったのは9月に入ってからであった。ご冥福をお祈りします。

 再び作品に戻ろう。
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 肩越しの女の子の横顔がいいですね。

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 今年は去年より大人しめですかね。

DSCF2986_1.jpg
 最後にお顔を。何か物思うような憂いを帯びた表情がいいですね。

 男性にとっての女性の美とはなんだろう?難しい疑問だ。きれいならばそれでいいというものではない。見た目がきれいでも、心が汚ければ表面的な美である。
 セクシーなればいいのか?それも違う。学生の間は内なる衝動のままにつき動けばいいが、年を経て女性を見る時、若い時とは違った見方をしている・・ような気がする。
 なんでこんな長々書いているかって?阿部先生の女性像に惚れ込んでいるせいだ。

 今回はここまで。日展紹介は終了。皆さんも是非行って、御自身にとっての「美」を探究してほしい。

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第43回日展~速報3回目・彫刻色々~

 さて第43回日展の速報3回目です。今回は色々な彫刻をお送りしよう。日展は日本画・洋画・工芸品・彫刻・書と5部門あるが、工芸品は多種多様なので見ていただいたほうがいいし、書はチンプンカンプン。

 今回の彫刻作品はバリエーション豊富であった。去年は裸婦像が多くて物足りなかったが今年はおおいに楽しめた。いや、去年は去年なりに楽しめたが。
森の住人1
森の住人2
 「森の住人」 亀淵元昭さん 作 愛知
  オランウータンは「森の哲学者」といわれるだけあって考え深い顔ですね。思わず人生相談してしまいそうです。

豚だ、豚だ
 「豚だ、豚だ(とんだ、とんだ)」 丹羽建生さん 作 神奈川
  作者がどういう意図なのか・・笑ってしまいました。精肉店の店頭にあってもよさそうですね。

只今参上
 「只今参上」 小林啓利さん 作 岐阜
  馬の上に神様か武将がほしいような馬の像です。木彫とのこと。

 動物が続きました。別のものを・・。
清冽な若き心1
清冽な若き心2
 「清冽な若き心」 難波孫次郎さん 作 神奈川
  デフォルメとはいえやりすぎじゃないですか?こんなにパンパンな体、筋肉増強剤打ちすぎたアメリカのプロレスラーみたいですね。WWEのレスラーみたい・・

対局1
対局2
 「対局」 石田光男さん 作 福島
  囲碁か将棋の名人でしょうか?次の手を考えて沈思黙考している様子ですね。こんなお顔立ちの将棋打ちを何かで見たような気がします。

日・月・花
 「日・月・花」 山下清さん 作 愛知
  同名とはいえ、全国を放浪している方ではないと思います。でも・・これは・・ぶっ飛んでますね。失礼ながら吹きだしてしまいました。日展の方には怒られそうですが、単純に笑って楽しむという鑑賞もありだと思います。

 笑えるといえば・・
新しいお召し物1
新しいお召し物2
 「新しいお召し物」 丸太多賀美さん 作 鹿児島
  いうまでもありませんが、「裸の王様」がモチーフでしょう。もうこれは腹を抱えて笑ってしまいました!どうですこの「ドヤ顔」・・「わしってオシャレじゃろ?」「もちろんでございます(ププッ)」「あの王様裸だあー!」なんともいえませんね。
 でもこの王様、一つだけいい仕事しています。顔のアップですが、手にした錫で左後ろの裸の男女像の下半身をうまい具合に隠しています。王様おっしゃっています。
 「これは見てはならぬぞ。見たければ日展会場に行くがよいぞ。」って。

 真面目なものも紹介しないと・・いえ、前の作品も真面目だと思いますよ。
演者1
演者2
 「演者」 山賀行さん 作 神奈川
  演じるのは文楽人形であって、操る人形師を手だけで表現するとは・・面白いですね。ただ手の甲をもっとゴツゴツさせていると、作品全体の説得力が増すような気が・・・私見ですが。

冬の足音1
冬の足音2
 「冬の足音」 嶋畑貢さん 作 滋賀
  かわいい女の子です。まるで生きているみたい。作者の娘さんがモデルなんでしょうか?そろそろこんな格好した子供達が街中で見受けられる季節ですね。でも今、暖かいからなあ・・今日(11月2日)なんかタンポポが咲いているところを見かけましたよ。やれやれ。

や・く・そ・く
 「や・く・そ・く」 山崎茂樹さん 作 東京
  明日も遊ぶ約束をしている二人の女の子ですね。あどけない姿ですね。

 今回はここまで。次回は彫刻のセクシー編をお送りしましょう。


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第43回日展~速報二回目~

 今回は日展で出会った美女をご紹介しよう・・・絵だけどね。

アルテミス1
アルテミス2
 「アルテミス」 西田陽二さん 作
 ギリシャ神話の女神さん?狩猟と純潔の女神らしいから全体を白でまとめたのでしょうか?

オケピットにて1
オケピットにて2
 「オケピットにて」 横尾正夫さん 作
 絵の中でこの女性だけが浮いているみたいに目立ってますね。美人はどこにいても目立つってこと?

浴衣1
浴衣2
 「浴衣」 池田清明さん 作
 明治の西洋画家、黒田清輝さんの「湖畔にて」がちらついてしょうがない構図です。

優しい時の中で1
優しい時の中で2
 「優しい時の中で」 前川広子さん 作

花束1
花束2
 「花束」 高崎高嗣さん 作
 去年もこのモデルさんの絵を見たような気がします。確認はしてませんが。花柄のドレスを着た女性自身もまた一輪の花ということでしょうか?

 どれも気に入って撮った絵ですが、それがし自身は女性を主人公に写真は一切撮らないし、被写体として興味ないのでいまいち言葉が浮かびませんね。
 次回は本命の彫刻を紹介するので頑張ります。


  
プロフィール

サムライ銅像研究会

Author:サムライ銅像研究会
歴史と銅像と芸術が大好きなあまり、日本各地を東奔西走する銅像・史蹟ハンターである。神出鬼没なため、脈絡無しのブログ更新を続ける。掟はただ一つ!「死して屍拾うものなし!」昔の時代劇の決め台詞だけどね・・皆さん、見てやあ!
 最近、キューピーに侍の装束を着用させる遊びをやっております。「武者ピー」と呼んで可愛がってやぁ~!以後は「キューピー甲冑師」とも名乗ります。

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