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1月2日の豊臣秀吉公

 朝からお笑い番組を見続けているうちに元旦も終わってしまった・・一応、初詣はいったが。毎年同じ神社だ。一応正月用に読む本も用意するのだが、どうもページをめくる指が1~2ページで止まってしまう。おせちをつまみに酒を飲みつつ、テレビばかりだ・・ま、正月くらいいいか。

 さあ、気分を変えて今日は豊臣秀吉公の画像集成である・・それほど多くないが。
日吉丸1
日吉丸2
 こちらは名古屋市中村区中村公園にある日吉丸像、周辺の子供らは特にモデルはいないだろうが、弟の秀長もどこかに混ざっているかもしれない。

中村区の秀吉公1
中村区の秀吉公2
 こちらは中村公園に隣接した常泉寺の秀吉公。面白みがないというと怒られるかな?

大阪城1
大阪城2
 今度は大阪にいこう。ご存知、大阪城であるが豊臣時代の城は大阪夏の陣で全焼し、徳川家の天下普請で建て直された。
 幕末、最後の将軍・徳川慶喜が大坂城から退去した後、官軍に引き渡されるがどさくさまぎれに失火して全焼。敷地は陸軍の駐屯地や砲兵工廠など軍用地として活用。
 昭和初期に天守閣が建て直された。先の戦争では大阪も空襲され、櫓や門などが焼けたが、天守閣は残ったようだ。そして現在に至るも、大阪のシンボルとして観光の目玉になっているのである。

大阪の秀吉公1
 こちらは大阪城敷地内にある豊国神社に建つ豊臣秀吉公像。作者は中村晋也先生。今回はこの銅像の画像をもう少し詳しく紹介しよう。

大阪の秀吉公2
 太閤が小具足姿に陣羽織、右手には豊臣の家紋「五三の桐」をうった軍配を手にした真にいかめしい像。中村先生の作品はディテ-ルにこだわりぬいておられるので安心して見る事ができる。

大阪の秀吉公3
 しかし顔がすこし恐い。本能寺の変の後に権力に上り詰めようとする時の秀吉の姿には陽性のものを感じるが、この銅像は太閤になった後、朝鮮征伐を号令する姿であろうか?この顔には天下に安寧をもたらせようと考える人徳者ではなく、権力にしがみつく老醜をさらす独裁者に見えてしようがない。

大阪の秀吉公4
 逆光方向から撮ると、落ち窪んだ眼窩が強調されてなおさら恐い。

大阪城の秀吉公6
 後に廻ると、陣羽織の背中に日輪が配されている。足元もしっかりと足拵えが施されている。隙がない。

DSC00531_2.jpg
 「わしの作った大坂城と違うぞ!」と思っていそうな画像。天守閣と銅像セットのアングルがなかなか難しいのよね。
 全国には他にも秀吉公の銅像があるが、出来のいいものは少ない。

 明日は家康集成にしようかねえ。家康公もあちこちあるからね。
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プロフィール

サムライ銅像研究会

Author:サムライ銅像研究会
歴史と銅像と芸術が大好きなあまり、日本各地を東奔西走する銅像・史蹟ハンターである。神出鬼没なため、脈絡無しのブログ更新を続ける。掟はただ一つ!「死して屍拾うものなし!」昔の時代劇の決め台詞だけどね・・皆さん、見てやあ!
 最近、キューピーに侍の装束を着用させる遊びをやっております。「武者ピー」と呼んで可愛がってやぁ~!以後は「キューピー甲冑師」とも名乗ります。

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