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新旧の鶴岡八幡宮へ

 あれま、もう2月だねぇ。最近、転職して猛烈に忙しくてブログ更新も武者ピー製作も滞りがちなのですが、まあ、気長にやっていこうと思いますよ。

 さて、現在も鎌倉の目玉として有名な鶴岡八幡宮・・
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 源頼朝が鎌倉入りする前はもっと海側にありました。
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 手描きの地図でもうしわけないが、鎌倉駅を挟んで南の海側に由比若宮八幡神社がありました。

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 いや、ここが見つけづらいのなんの・・住宅街のど真ん中なので目印もすくないし・・線路沿いを歩いてやっとみつけました。
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 「え?この小さなお社があの・・」と思った方。それがしも同じこと思いました。

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 参拝の前に・・・

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 こちらで・・・

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 武者ピー流の「源氏揃え」を挙行いたしました。左から、源義経・新田義貞・足利尊氏・源頼朝・太田道灌と皆さん、源氏に連なる方々です。神様はどんな思いで見ておられるやら・・

 代表でこの二人に参拝して頂きました。
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 頼朝・義経兄弟です。
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 今回の鎌倉遠足はこれが大目的の一つでした。

 さらに・・・
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 現在の鶴岡八幡宮にも参拝・・。

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 この二の鳥居の狛犬さんは大きいです。2メートル以上あるかねぇ・・・。

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 舞殿で静御前ピーも記念撮影。毎年、春の例大祭では静御前の舞が賑々しく披露されます。ネットで動画検索してみてください。華やかですよ。

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 社殿に上がる前に、猛烈な風に倒された大銀杏前で、鎌倉武士ピーが記念撮影。直垂がきまってるね!見苦しい自画自賛ですまぬすまぬ・・・。

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 石段を上がって振り返ると、鎌倉の街が一望のもとに見下ろせます。海まで見通せるのは、高い建物がないため、見通しがきくからですね。歴史ある古都を意識した街づくりは大切ですね。

 拝殿内は撮影禁止のため・・すぐ脇にある宝物館へ入りました。ここは本殿の裏手にあたり、人気もほぼないので・・
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 源頼朝と静御前で記念撮影。これには神様も驚かれたかもしれません。どうも失礼致しました。また来ますのでよろしくお願いします。

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 石段を降りると、阿形の狛犬殿が満面の笑顔を浮かべておりました。
  『また来るが良いぞ!』ははっ、また武者ピーでも連れて来ようかと思います。一人では淋しいので、同行してくれる女子募集中・・・最期に邪念がまじってしまいましたね。

 次回は鎌倉の古寺を訪れます。武者ピーも出るでよ!

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新田義貞~鎌倉攻略戦~

 今回からいよいよ南北朝を舞台に武者ピーを造っていきたい。第1弾は、後醍醐天皇の令旨に応じて挙兵し、分倍河原合戦で執権北条家の軍勢を蹴散らし、鎌倉を攻略し、北条高時以下、北条一族をことごとく自刃に追い込んだ新田義貞公です。

 詳しい説明は長くなるので・・新田義貞が上野(こうずけ)国・新田庄の生品(いくしな)神社で挙兵したのは元弘3(1333)年。最初は一族郎党ら百数十人しかいなかったが、南下するにつれて関東各地から武士が合流し続け、軍勢はどんどん膨れ上がっていった。そこに足利高氏の嫡男・千寿丸(二代将軍・義詮)が足利の家臣らに守られて合流したことでさらに決定的な流れとなった。
 多摩川べりの分倍河原で合戦した新田軍は一度は敗れたものの、すぐに態勢を立て直し、北条軍を撃破。迎撃軍が敗れたという報せに鎌倉の北条家の面々は蒼ざめて「鎌倉死守」しかないとの断を下すしかなかった・・。

 鎌倉は源頼朝以来、営々として築き上げてきた執権北条氏の金城湯池、守りの堅さに新田義貞は攻めあぐねる。義貞は各方面の攻防の指揮を任せ、自分に忠実な数千の軍勢と共に鎌倉外郭の西側・稲村ヶ崎に押し寄せた。
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 (現在の稲村ヶ崎、史跡公園として整備、2012年春頃撮影)

 ここからは「太平記」に書かれた伝説交じりではあるが・・海の潮がひくのを待って軍勢を渡らせるしかないと考えた義貞は携えてきた黄金造りの宝刀を海に投げ込んで海神に武運を祈った・・。
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 (新田義貞ピー、手前の青いものは「海の波」とみてください)

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 明治天皇がここで詠まれた和歌が石碑に彫り込まれている。歌は・・
  『投げいれし 剣の光 あらはれて 千尋の海も くが(陸)となりぬる』味わい深い歌です。

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 (左に張られたロープの先を渡ったそうな・・)
 義貞が海面に宝刀を投げ込むや、潮はたちまち引き、そこには見事陸地があらわれたため、義貞は号令をくだし、鎌倉に攻め入った・・・結果、北条一族は東勝寺で自刃し、滅びたのであった・・。

 本当は長い話だから全然たりないが、詳しくは「太平記」「梅松論」「難太平記」や南北朝を扱った各種小説を読んでね。北方謙三氏だと「武王の門」「破軍の星」「悪党のすえ」「楠正成」など沢山書かれているのでオススメです。

 ここからは肩から力を抜いて武者ピーを見て行きましょう。
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 大鎧を着けた義貞ピーは宝刀を捧げ持っています。鎧正面の顔は、獅子の顔ですが、大きかったので切り抜きました。なんかおじさんの顔みたい・・一応「絶版江戸千代紙」(廣瀬辰五郎:著 徳間書店)という本からカラーコピーしたんですが・・使い方を反省。

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 義貞ピーの兜。吹き返しに貼った格子模様の和紙は、御茶ノ水にある「檸檬画すい」という画材店で調達。折り紙だけでは足りなくなったので、画材店に出入りするようになりました・・。

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 新田義貞ピーの郎党です。陣笠ではなく、侍烏帽子に半首(はっぷり)という顔の防具を付けています。半首は室町時代まで使われますが、槍の普及と共に使われなくなっていきました。槍以前は薙刀が主流でしたので「薙ぐ」攻撃から守るために顔の外側を守る防具が必要だったのですが、「突く」槍には不要なものとなりましたので使われなくなっていきました、とさ・・。
 武具の研究家からは怒られそうな説明ですが、まあ、こんなところで。

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 今回は新田家の家紋「大中黒」紋を描いた幟(のぼり)も用意。

 「太平記」では、新田義貞は愚か者扱いですが、鎌倉を落した後、すぐ京に登り、1338年に越前(福井県)で討ち死にするまで兵の補充すらろくにできないまま天皇方の為に戦い続けていたのです。その扱い方はひどすぎます。思うに・・義貞公は純然たる武人で、政治家としての動きは苦手だったため、天皇の側近である公家達にいいように利用されてしまったのです。
 単純に武将としてみれば、足利尊氏(高氏から改名)より有能かもしれません。鉄壁の防禦を誇っていた鎌倉を落したのですから・・。

 最後に稲村ヶ崎から見た江の島を・・。
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 この画像を見ながら、新田義貞をフィギュア化した人間はどれだけいるのだろう?と考えてしまいました。

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速報!第44回「日展」

 今年も「日展」の季節がやってまいりました!
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 開催地は例によって、六本木は国立新美術館・・日本画・洋画・工芸品・彫刻・書とこの国を代表する芸術家の作品が一堂に集まる展覧会である。
 とはいえ・・今年の傾向としては、日本画と洋画共々、こじんまりとした絵が多くて「つまらない」ものが多かった。その代わり、工芸品の出展が激増!過去、4年間見てきたが、こんなに工芸品が多いのは初めて。絵画よりも立体作品を志向する傾向なのだろうか?そのせいか彫刻もすこし増えた気がする。確認はとっていないので数の検証は行っていないが・・書?あっちの世界はわからないねぇ・・。

 今回は彫刻で毎年一押しで紹介している高知県の阿部鉄太郎先生の作品のみを紹介しよう。
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 おやぁ?今年はおとなしめだね。とはいえ、女性の柔らかい体のラインを活かした官能的な作品であることに変わりはなさそうです。
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 太平洋を眺める海岸に少女が立っているという想定なのだろうか?手を放せば、帽子を吹き飛ばしかねない強風に少女が必死に耐えている・・

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 ローアングルも必須です。

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 え?横文字の意味?フランス語はわかりません。

 不定期で今回の日展で興味深かった作品をお送りします。

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夏の熱中症~注意喚起!!~

 今週の月曜日、帰りがけに急に汗が止まり、体温が上昇しだした。2010年の酷暑の経験から・・
  「やべ!熱中症だ!」と気づき、近くのコンビニでスポーツドリンク2リットルを二本購入して、近くの公園の木陰で一本目をがぶ飲みして飲み干し、あとの一本を1時間ほどかけて飲んでいた。もちろん、首元は緩めて。それからバスに乗って帰宅したが、夜になって再び体温上昇。首元・脇下・股下と「三点クーリング」を実行して就寝したものの、翌日は起き上がる体力も気力もなく、やむなく休暇を使い、火曜日は休んだ。その日一日は塩入の水を飲みながら、消化吸収のいい雑炊だけしか食べられなかった。水曜日にやっと復活し、汗をかくことの大切さをあらためて学んだ次第・・・。ナトリウムの体への吸収には一日かかるようである。

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 (画像は内容と関係ありませんが・・何か?)
 2010年にも一度熱中症になったことあるので対処法はばっちりだったが、やはりきついなあ・・。皆さんにいいたい。
  『熱中症は命を奪う!』
 毎年、数百人から数千人の人々が救急搬送され、そのなかの一部がお亡くなりになられている。そのような危険なものを「熱中症」などという生ぬるい表現で放置していていいだろうか?「殺人熱射病」といったほうがいいのではないか?
 熱中症の何が危険かというと、汗が出ずに体温上昇してそのうち体が動かなくなるのだ!其の時、近くに涼しい所やコンビニ、売店などあればいいが、人通りのいない田舎道でなった時を思うと想像するだに恐ろしい・・。
 以前からお茶を煮出して冷やして持ち歩いていたが、最近はお茶に塩を混ぜるようにしている。

 これからは街に出るのに、帽子は欠かせないな。

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7月6日のデモ

 先週、東京の首相官邸を包囲するような大規模の反原発デモが起こっていた。にもかかわらずそれがしは知らなかった・・・その情報をJ-WAVEのラジオ番組で知った。無念!

 だが!毎週行われていくもののようだ。そこでそれがしも参加しようかと思う。
橋本左内2
 幕末の福井藩士・橋本左内先生は
  「男子たるものが憂慮するところは、ただ国家が安泰であるか、危機に直面しているか、という点のみである」
 という言葉を残されている。昔の人なので、今の時代とそぐわない語句などあるが、その「思い」はご理解いただけるのではないだろうか?

 東京:
【日時】7/6(金)18〜20時予定
【場所】首相官邸前(霞ヶ関駅より徒歩7分、虎ノ門駅より徒歩10分)
※千代田線・丸ノ内線の国会議事堂前駅は大混雑が予想されます。

【呼びかけ】首都圏反原発連合有志

 今の時代は危機そのものである。志あるものは参加してもいいのではないだろうか?

 否!今行かずば、生涯後悔するであろう!!

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プロフィール

サムライ銅像研究会

Author:サムライ銅像研究会
歴史と銅像と芸術が大好きなあまり、日本各地を東奔西走する銅像・史蹟ハンターである。神出鬼没なため、脈絡無しのブログ更新を続ける。掟はただ一つ!「死して屍拾うものなし!」昔の時代劇の決め台詞だけどね・・皆さん、見てやあ!
 最近、キューピーに侍の装束を着用させる遊びをやっております。「武者ピー」と呼んで可愛がってやぁ~!以後は「キューピー甲冑師」とも名乗ります。

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